中川三体仏   ーふるさと再発見ー


左側・地蔵菩薩  中央・阿弥陀仏  右側・観世音菩薩


松龍寺前にある三体佛堂は江戸中期に北村の児嶋五郎右衛門が、古戦場の亡者供養のために建立したものといわれている。石屋根のお堂の中央に阿弥陀佛座像、脇侍として右側に観世音菩薩、左側に地蔵菩薩が祀ってある。



 ●前谷区の帝釈山松龍寺は奈良時代創立。帝釈天は仏法の守り神。寺の前の風谷峠道は加賀の山中温泉から風谷村の峠を超えて越前に通じる要道。
・一向一揆vs朝倉軍の合戦の場。
永正4年7月28日(1507)、和田の本覚寺と藤島の超勝寺に率いられてきた越前一揆が風谷峠道から進入して越前の村々を取り返そうそするのを、朝倉軍が迎え討って撃退した。しかし一揆の中にいた加賀石川郡の300余人は、一歩も退かず、松龍寺で残らず斬り殺された。この戦いで前谷村は焼け野原となった。
・8月ごろから亡者がさ迷い出て、首のないむくろが仲間を組んで歩いたり、雲の上で火花を散らして合戦するなど、化け物が盛んに出た。
・朝倉貞景はこれを聞いて、御経堂を建てて敵味方の供養をしたり、丸岡の豊原寺で増信上人が帝釈堂でお経を読んで卒塔婆を建てたりして皆成仏した。
・その後江戸中期になって、北村の児島五郎右エ衛門隆明という地蔵信仰に熱心な人が三体仏を建てて亡者の霊を弔った。

阿弥陀
サンスクリットの「アミターバ)」=「無限の光をもつもの」を音写したもの。意訳して、無量寿仏/無量光仏とも呼ばれ、無明の現世をあまねく照らす光の仏とされる。西方にある極楽浄土という仏国土を持つ。造形化された時は定印・説法印・施無畏印・与願印を組み合わせた九品来迎印を結ぶ(印相を参照のこと)。阿弥陀三尊として祀られるときは、脇侍に観音菩薩・勢至菩薩を持つ。また、現在も説法をしていると説かれている。阿弥陀経の中には、大宇宙のガンジス河の砂の数ほどの諸仏から賞賛されている。なぜ、賞賛されているのかと言うと、阿弥陀仏のお力はずば抜けて素晴らしく、我々罪悪の重い衆生の救済に対して、他の諸仏が背相を見せたにも関わらず、阿弥陀仏お一人が本願を立てられて一切衆生の救済をお約束されたからである。一切の諸仏も最後には、阿弥陀仏に依らなければ、仏の悟りを開く事は出来なかったとされている。

これを語源とする他力本願と云う言葉は、本来の宗教的な意味合いを離れて、「ムシのいい、他人への依存」「無責任」という意味でも広く用いられるが、本来は他力とは阿弥陀仏のお力のみを他力と言い、阿弥陀仏のお力以外のすべての力を自力と言う。つまり、仏である釈迦の力も自力と言う。浄土真宗においては、煩悩具足の凡夫は阿弥陀仏の本願、すなわち他力本願によって「のみ」往生を遂げることができるとし(絶対他力)、自力は否定されるが、この場合でも「他人依存」「無責任」は、言うまでもなく他力本願とは相容れない概念である。

●菩薩
仏教において、成仏を求める(如来に成ろうとする)修行者。後に菩薩は、修行中ではあるが、人々と共に歩み、教えに導くということで、庶民の信仰の対象となっていった
ンスクリット語のボーディサットヴァ)を音写したものである。ボーデイ は「覚」であり、サットバ は「生きている者」の意味で衆生と意訳された。このため、「覚りを求める人」と「悟りを具えた人」の二つの意味で呼ばれるので、インドでの菩薩には2種類の菩薩が、さらに中国では「インドの大乗仏教の僧」を菩薩と呼んだから、同じ菩薩に3種類あることになり、注意が必要である。

・觀音菩薩は、仏教の菩薩の一つであり、特に日本において古代より広く信仰を集めている尊格である。「観世音菩薩」ともいう。
・阿弥陀如来の脇侍として勢至菩薩とともに安置されることも多い。日本では飛鳥時代から造像例があり、現世利益と結びつけられて、時代・地域を問わず広く信仰されている。持物として水瓶(すいびょう)をもつ。そこには功徳水という、いくら使ってもなくならない水が入っているという。
・観世音菩薩は、「慈母観音」などという言葉から示されるように、俗に女性と見る向きが多い。これは、たとえば地蔵菩薩が観音と同じ大悲闡提の一対として見る場合が多く、地蔵が男性の僧侶形の像容であるのに対し、観音は女性的な顔立ちの像容も多いことからそのように見る場合が多い。しかし、経典などでは釈迦が観音に向かって「善男子よ」と呼びかけ、また「観音大士」という言葉もあることから、本来は男性であったと考えられているが、観音経では「婦女身得度者、即現婦女身而為説法」と、女性には女性に変身して説法するともあるため、次第に性別は無いものとして捉えられるようになった。

六観音
観音像には、基本となる聖観音(しょうかんのん)の他、変化(へんげ)観音と呼ばれるさまざまな形の像がある。阿弥陀如来の脇侍としての観音と異なり、独尊として信仰される観音菩薩は、現世利益的な信仰が強い。そのため、あらゆる人を救い、人々のあらゆる願いをかなえるという観点から、多面多臂の超人間的な姿に表されることが多い。真言系では聖観音、十一面観音、千手観音、馬頭観音、如意輪観音、准胝観音を六観音と称し、天台系では准胝観音の代わりに不空羂索観音を加えて六観音とする。
六観音は六道輪廻(ろくどうりんね、あらゆる生命は6種の世界に生まれ変わりを繰り返すとする)の思想に基づき、六種の観音が六道に迷う衆生を救うという考えから生まれたもので、地獄道-聖観音、餓鬼道-千手観音、畜生道-馬頭観音、修羅道-十一面観音、人道-准胝観音、天道-如意輪観音という組み合わせになっている。

なお、千手観音は経典においては千本の手を有し、それぞれの手に一眼をもつとされているが、実際に千本の手を表現することは造形上困難であるために、唐招提寺金堂像などわずかな例外を除いて、42本の手で「千手」を表わす像が多い。観世音菩薩が千の手を得た謂われとしては、伽梵達摩訳『千手千眼觀世音菩薩廣大圓滿無礙大悲心陀羅尼經』がある。この経の最後に置かれた大悲心陀羅尼は現在でも中国や日本の禅宗寺院で読誦されている。