16年07月日記

西暦 16年7月31日 日曜日 昨日の一日
 昨日の午前中は、永平寺町に居た。古くなった建物の改修のための調査・計測が目的。
 暑かった。外壁鉄板に触れると火傷しそうで汗がだらだらと流れる。額からの汗がメモ帳に落ちると書き込んだ鉛筆メモがにじんで見にくくなる。
 作業を終え、家に戻ってから食べた冷奴の美味かったこと。
 一服したあと、計測メモのCAD化作業に励んでいた夕刻、某あわら市議がやってきた。「まきちゃんの一年がかりの懸案事項が解決したぞ」と言う。「ふるさと語ろう会」の解散が正式決定したとのことである。


西暦 16年7月30日 土曜日 もう週末か
 昨晩の七時に春江での打合せから戻り、すぐさまベッドに倒れ込んだ。目が覚めたのが午前四時だから、九時間眠り続けたことになる。最近では珍しく寝覚めの良い朝だ。
 久しぶりに新聞を眺める。
 阪神が負け巨人が勝ったので、スポーツ欄はめくらない。
 
 8面に、最首悟のことが記事に出ていた。40数年前、東大全共闘代表・山本義隆を支えた活動家として有名だった人。
 タイトルは「障害持つ娘と40年 涙あれば希望も」で、重度障害の娘を持つ最首は、それ故、水俣に移り住んだこともある。
 
 僕が、沖永良部島に住んでいた時世話になった(たいら)のおじさんおばさんには、脳性マヒの息子がいた。
 平夫妻は、浜辺の畑地で永良部百合の花摘みの作業にいそしむ時、いつも息子を耕運機に載せてきた。息子は夜明けから日暮れまで、ひとり浜辺で南シナ海を眺め続けていた。そして、彼を見るたび、僕は最首悟のことを思い出していた。
 
 それから10年ほど経って、僕が聾唖者と付き合い始めたのにも、もしかしたらこの時の体験が作用していたのかもしれない。

 どうでもいいことだが
 このとき、牛小屋の二階で一緒に寝泊まりしていたサッカー青年Mクン、名古屋・熱田区の風呂屋の息子ムカイクン、彼の恋人で半田市長の娘カズコチャン、自称詩人のミタライクンそしてH子チャン・・・生きていればみんな後期高齢者になっているはずだが、どうしているやら。

西暦 16年7月28日 木曜日
 この四日間ほど、図書館の職員とコンビニの店員以外は誰の顔も見ず、仕事場のドアをロックし、表札を「不在」としていたので、勿論来訪客も無し。
 つまり、外部と遮断して仕事に専念していたのだが、こういう生活も、今日明日が最後となるだろう。


西暦 16年7月27日 水曜日 無題
 高橋克彦の「南朝迷路」を読み終えた。後醍醐天皇がつくったといわれる「乾坤通宝」をめぐるミステリー。文章の上手さはよくわかるが、登場人物のお互いの関係が複雑でついていけないところが多々あった。
 そう感じるほどに認知力が衰えたともいえるのだろう。

 20年ほど前に「わちらの会」で、女流琵琶師を招いたことがあった。そのとき、彼女は熱々珈琲を飲みながら、「わたし、高橋克彦のガールフレンドなのよ」と、言ってたのを思い出す。
 今朝は永平寺町で建物の現場調査。とてつもなく暑かった。汗がだらだらと流れた。


西暦 16年7月26日 火曜日 深夜に
 ロシアチームの五輪参加に対するWADA裁定が玉虫色になった感があるが、ドーピング剤使用など昔からあったことは明白で、関わった医師のみならず選手の側も熟知していたのだろう。
 数十年前に、「文芸春秋」がソ連チームの有力選手に対してのアンケート結果を載せていた。
 アンケートは、「五輪での優勝と、その代償として五年以内の命とした場合、五輪優勝を望みますか?」というものであり、確か70%以上が「望みます」と答えていた。
 共産党といえば志位だが、僕はむしろ市田のファンだ。ついでに言えばあわら市議・Y氏のファンでもある。
 志位・市田双方の講演会には何度も行ったが、市田の言葉には生まれ育った環境からくる故の反戦の思いがいつも重く感じられた。
 
 若い頃から選挙といえば社会党(今の社民党)に投票していた僕が野党共闘候補に対して熱くなるのは理の当然ともいえるが、その基礎を最初に作った志位は、近い将来、英雄になるかもしれない。
 「やまゆり園」で刃物を持った男が暴れ、多数の死傷者が出た事件で、身柄を確保された男が調べに対し、「障害者なんていなくなればいい」という趣旨の供述をしている。
 
 ならば、盟友・達川クンがA型、B型事業所をつくり、50人弱の障害者社会復帰を切磋琢磨している現状が、心配でならない。僕の専門である聾唖者に限って言っても、障害者が障害者として望んで産まれてきたわけではないのだ。

 刃物を他人にふりまわす前に、自分の胸に突き刺すべきだった。
 
 


西暦 16年7月25日 月曜日 峠越え
 
 仕事に追われる生活もようやく峠がみえてきた。今週の中旬にもなれば、少し余暇の時間ができそうだ。
 「このところ、短いブログばっかりや」とのお叱りがあったけれど、忙しい時の束の間の憩いは先ず酒(なかんずくウイスキー)、次に読書でブログに向わなくなるのも致し方ないのです。
 それにしても、寸暇を惜しんで出かけて行った高戸氏の講演・北川氏の講演加えて駅弁食べながらの印牧氏の講演はとても印象に残った。
 とんぼさんのような文章は僕には無理だが、時間がとれたら印象記を書いてみたい。

声の広場からの転送
642.ふたつの講演会を終えて。 返信  引用 
名前:とんぼ    日付:2016/7/25(月) 0:21
 高戸甚右ェ門さんの講演「インダスの流れ」(7月21日)、福井県立大学教授農学博士・北川太一氏の講演「農業・むら・くらしの再生は」(7月24日)が予想以上に参加いただき無事終了しました。お礼申し上げます。

 高戸さんは60年前のパキスタン滞在を鮮明に記憶されており、赤裸々に語られました。1948年(昭和23年)パキスタンはインドから分離し、その時はインドを東西に挟むように西パキスタンと東パキスタンが存在していました。さらに1971年(昭和46年)東パキスタンが分離してパングラデシュとなり、西パキスタンが現在のパキスタンとなっています。

「639 インダスの流れ」と重複するので記述は避けますが、個人的感想を述べるならイスラムを理解することは私たちには到底不可能です。それがビジネスが目的であろうと、たとえ人道支援が目的であろうと、日本人の常識が通用しないこと、絶えずリスクが発生することは60年前も現在も変わっておりません。相手を理解しているとの勝手な思い込みが悲劇を生む。考えれば私たちの人間関係でもそうなのですが・・・。

 当日現地食「チャパティ」を試食してもらいました。もっとも現地の作り方では日本人の口には合わないだろうと思い、多少アレンジしてクレープ状にしましたが・・・。
 現地食を提供した理由は、「食から理解する」との思いからです。たとえば戦後の困窮時代を理解するには、屑野菜と粗悪小麦粉の団子のスイトン汁、甘みがなく水っぽいカボチャを(米の)代用食として食する方が、百の理屈に勝ると考えているからです。

 米の主要生産国でありながら粗末なパン(チャパティ)を主食とする人々の生活を理解してもらいたかったのですが、「意外と美味い」と云われて効果があったのか疑問です。それはさておき次回はメキシコのタコスに挑戦します。

 さて北川太一氏の講演ですが、氏は日本農業の危機を訴え、農業が食糧安全保障(日本の食料自給率は39%。先進国中ダントツの最下位)の面だけではなく、国土保全、生態系環境の維持保全、雇用確保などに果たす役割を述べました。

 彼は統計表を示し、あわら市の農業現状について説明しました。以下の数字は2005~2010年の農家数の推移です。 △はマイナス
総農家数 △604(33・4%減)販売農家数 △670(42・8%減)自給的農家数 66増(26・9%増)土地持ち非農家数 545増(58・4%増)

 2005年以降、5年の間で農家数は33・4%(20%)販売農家数は42・8%(26%)減少し、逆に自家消費のみ生産する農家が26・9%(1・5%減)増加しています。農地を所有するが生産しない農家が58・4%(34・3%増)増加していいます。( )内は県平均の数字で、あわら市の生産農家数の減少は顕著で、自家消費型農家は県平均はわずかに減少しているのですが、あわら市は大幅に増加しています。

 販売目的に生産しないが、農地があるから自家消費分だけ生産する(元農家)があわら市では断然多いということです。

 現状でこのありさまですからTTP交渉が妥結し、高齢化が一層進みますと、あわら市のみならず日本の農業はまったく姿を変えるであろうということは、門外漢の私にも容易に理解できます。国内農業の崩壊に危機感を抱く人もいれば、国際分業の観点から容認すべきと考える人もいるでしょう。

 ヘイゼル・ヘンダーソン(未来学者)に「地球市民の条件 人類再生のためのパラダイム(規範)」という著書があります。そのなかで彼女はこのように述べています。

「社会を構成する四つの層がある。
①は私的・民間部門で生産、雇用、消費、投資、貯蓄などである。
②は公的部門、国家・行政が関わるのだが、財政、インフラ整備、公共サービス、学校、医療、社会福祉、地方自治などである。
①と②を貨幣的経済価値としょう。

③は人と人との互恵的関係、つまり家族、無償労働、おすそわけ、助け合い、ボランティである。
④は自然の本来の姿、農地・森林・海洋などが有する多面的な機能である。
③と④は非貨幣的経済価値である。

 社会生活は貨幣経済価値と非貨幣経済価値のバランスの上で成り立つ」

 当然といえば当然ですが、現代を直視すれば、農業を考えれば示唆に富んだ言葉です。
 農業が持つ多面性を考えれば農業は守らなければならないのです。

 

 


西暦 16年7月23日 土曜日
 津本陽著「松風の人 吉田松陰とその門下」を読み終えた。
 仕事の締め切りに追われて、本など読む暇はないはずだが、休み時間に読み進めないと、体調が悪化する。


16年7月22日 金曜日 「井の中の蛙」
 何十年前だったか、かって「終末へ」という雑誌が発刊されたことがある(小田実監修じゃなかったか)。
 
 確かに、昨今の世界のことを人から聞くにつけ、自分が生きていることが心苦しくなることが頻回だ。
 だけど、海外渡航経験が二回だけで、新聞を読まずテレビも見ず(除阪神戦・大相撲及び手話)、わずかに時折インターネットサーフィンに手を染めるだけの私は「井の中の蛙」である。
 
 しかるに、近世までの日本人はなべて「井の中の蛙」であったはずだ。比喩的に言えば、世界とは自宅から二里四方の肉眼で見えるエリアでしかなかった。元和偃武のあとは、テロや第一次・第二次世界大戦における大量殺戮など知る由もなかった。
 
 「井の中の蛙」は「井の中の蛙」であることで充足する。余生の価値をそこに見出したい。
 今朝の二番目の来訪者は、高級清酒「福千歳」を携えていた。

 
 「きょうも元気だ 酒がうまい」をキャッチフレーズとして、仕事に精出そう。
 


16年7月21日 木曜日 本日
 高戸甚右ェ門さんの講演「インダスの流れ」
期日  7月21日(木)13時30分~
会場  中央公民館(金津町)1F和室。
会費  200円
※   彼等の主食であるチャパティを味わっていただきます。
準備の都合上、事前に連絡ください。
吉村  090-3052-3178
長谷川 78-7666
牧田  090-1635-5710

 高戸甚右ェ門さんの講演が終わって、今、帰ってきた。
 
 彼がバングラデイシュへ農業指導で赴いたのは、かれこれ60年前のことになる。

 インドから分かれてのパキスタン建国、バングラデシュ建国の歴史を語る時の彼の博覧強記はどうだ。とても93歳とは思えない。

 講演終了時の挨拶でぼくはしゃべった。10年以上前の彼との最初の出逢いをしゃべった。
 「高戸先生との出逢いは、偉人と偉人との最初の出逢いでした」と、しゃべった。聴衆から笑いを含んだ拍手が起きた。今の僕は気分がいい。


16年7月20日 水曜日  無題

 高野悦子は僕と同い年で、50年近く前の立命館大学で史学を専攻していた。当時の立命館史学教授陣はきらびやかだった(らしい)。
 彼女は二十歳の時鉄道に飛び込み、轢死体として発見された。

 数年後、彼女のクラスメートから、普段の彼女の人となりを聞いて、後年(こうねん)「二十歳の原点」を読んだ。


高野悦子
二十才の原点 

旅に出よう

旅に出よう
テントとシュラフの入ったザックをしょい
ポケットには一箱の煙草と笛をもち
旅に出よう

出発の日は雨がよい
霧のようにやわらかい春の雨の日がよい
萌え出でた若芽がしっとりとぬれながら
そして富士の山にあるという
原始林の中にゆこう

ゆっくりとあせることなく

大きな杉の古木にきたら
一層暗いその根元に腰をおろして休もう
そして独占の機械工場で作られた一箱の煙草を取り出して
暗い古樹の下で一本の煙草を吸おう

近代社会の臭いのする その煙を
古木よ おまえは何と感じるか
原始林の中にあるという湖をさがそう
そしてその岸辺にたたずんで
一本の煙草を吸おう

煙をすべて吐き出して
ザックのかたわらで
静かに休もう
原始林を暗やみが包み込む頃になったら
湖に小舟をうかべよう

衣服を脱ぎすて
すべらかな肌をやみにつつみ
左手に笛をもって
湖の水面を暗やみの中に漂いながら
笛をふこう

小舟の幽かなるうつろいのさざめきの中
静かに眠ろう
そしてただ笛を深い湖底に沈ませよう



月曜日, 7月 18, 2016 多賀谷左近三経
 今回の金津祭り巡行山車のひとつは「多賀谷左近三経」だった。この武将の名を知っている人は旧金津町内では少ないというかほとんどいないと思う。

 柿原の田圃のなかに彼の墓が五輪塔と並んで建っているし、彼が何をなしたかが石碑に書かれているが、詳しく知る為には、左側のインデックス・戦国非情・結城氏多賀谷氏伝を読むのが最適だろう。



日曜日, 7月 17, 2016
 チャパテイのこと
 昨日の午後五時半。
 金津各地区の本陣飾りを一緒に見て回ろうと、とんぼさんを軽トラで迎えに行ったら、彼はたくさんチャパテイが入った大皿を持って出てきた。
 大皿を後ろの荷台に乗せたまま各本陣を回り、知り合いの顔を見つけると立ち食いしてもらった。

 食べ方を説明しながら「パキスタン庶民の素朴な味。これを食べつつアルカイダなどが鉄砲を撃っているのだ」と、とんぼさんが講義する。日本の飽食社会に対する警鐘の意味がある。
 計7人ほどに食べてもらったが、評判は良かった。
 偶然出くわしたあわら市議会の長老・S氏などは「最高の味」と、感激していた。

 路上呼び込みの呼吸も覚えたので、来年度の祭りでは神社参道に露店をだすかもしれない。


土曜日, 7月 16, 2016

 午後三時、玄関に新しく購入した提灯を吊り下げ、新しく購入した幕を吊り下げ祭りの準備は全て整った。


金曜日, 7月 15, 2016 無題
 お知らせ
 某工務店社長と打合せをしていたきょうの午後、とんぼさんが、チャパテイ試作品第二弾を持ってやってきた。第一弾よりも柔らかくおいしくなっている。
 三人での話のテーマは、バングラデシュ関係になった。
 イスラムステイトにしろバングラデシュにしろ、その理不尽なテロ行為を、アメリカ製民主主義及びその追随である日本国の理念から語り脅威が世界中に広がっていくと説くのはテレビ芸人のおはこだが、実は何も語っていないことでもある。

 30代の時にコロンボ計画でその地に暮した高戸甚右ェ門氏が、そのあたりを語ってくださると思う。
以下、「声の広場」より抜粋。
639.「インダスの流れ」の紹介
名前:とんぼ    日付:2016/6/26(日) 9:43
 あわら市河間在住の高戸甚右ェ門氏は大正12年(1923)生まれだから93歳になられる。高戸氏が35歳(昭和33年・1958)の時、2年間コロンボ計画(東南アジア開発計画)で、西パキスタン(現パキスタン。東パキスタンは現パングラディッシュ)に農業技術指導員として派遣されました。

 その滞在記をまとめたのが「インダスの流れ」です。著書のなかで氏はパキスタンのみならず、インド、アフガニスタンにも足を延ばされ現地の実情を記録されています。イスラム過激派アルカイダが結成される以前でしたが、インドパキスタン分離戦争(1948)から10年しか経過していません。分離戦争ではインド(ヒンズー教徒、シーク教徒)とパキスタン(イスラム教徒)の間で憎悪心から殺戮虐殺が繰り返されていました。

 貧困と因習、閉ざされた社会、厳しいイスラムの掟。おおよそ西欧型民主主義の概念も道徳も一切通用せず、唯一絶対の神・アッラーフの教えが全ての判断基準となる宗教国家に足を踏み入れた高戸氏は貧困と習慣、思考の違いに戸惑うばかりでした。

 アフガニスタンとの国境では手製拳銃が店頭に並び、男子は幼い頃より拳銃とナイフを当たり前のよう手にします。男は勇敢に戦い潔く死ぬことが至上とされ、女は強壮なる子供を産み、立派な戦士に育て、戦場に送りだすことが義務であるとされていたのです。

 これは十字軍遠征(1096年~)でキリスト国家に侵略されたイスラム国家に芽生え、戦乱を通して培養された暴力主義、イスラム絶対主義が一部ですが大衆に浸透していることを意味します。それを今から58年前に高戸氏は見聞されたのです。アルカイダ、ISは突然出現したのではなく、彼等が出現する土壌は常にあり、過激派は大衆の不満を背景に勢力を保持し続けます。今彼等を殲滅したとしても必ず復活することを覚悟する必要があります。

 単なる異国、異文化への興味だけではなく、イスラム、イスラム国家を理解するために吉村氏が中心となり、高戸氏に「パキスタン滞在記・・インダスの流れ」の講演を依頼、実施に向けて日程を詰めています。最も今日的、タイムリーなテーマーでしょう。

 当日、彼等の主食「チャパティ」と「カレー」を著作を参考に再現することで私も協力します。参加者に味わっていただきます。もちろん当時の彼等の粗末な食事を味わっていただくことが目的であり、美味しさ不味さは不問にしてください。

 詳しくは後日掲載するので関心のある人は申込下さい。
尚「インダスの流れ」は図書館で借りられます。

木曜日, 7月 14, 2016
 「声の広場」からの転写です。
640.「インダスの流れ」 返信  引用 
名前:とんぼ    日付:2016/7/5(火) 22:0
 高戸甚右ェ門さんの講演「インダスの流れ」が決まりました。
期日  7月21日(木)13時30分~
会場  中央公民館(金津町)1F和室。
会費  200円
※   彼等の主食であるチャパティを味わっていただきます。
準備の都合上、事前に連絡ください。
吉村  090-3052-3178
長谷川 78-7666
牧田  090-1635-5710

 昨晩、明社の理事会が開かれた。
 冒頭、事務局のMさんが、「死にかかった私と同じように死にかかった牧田さんが挨拶します」と言うので、「脳出血で倒れてからもう11年も経ったのか・・」と、当時の状況がよみがえった。


火曜日, 7月 12, 2016 7月も中旬

 静かな朝がやってきた。外は十分あかるいのに物音ひとつしない。勿論、携帯電話も鳴らない。仕事が一番捗る時間帯だ。一日中これであればいいのに。
  
 福井佼成議員会の平成28年度総会が開かれ、記念講演は、福井市歴史ボランテイアグループ語り部相談役・宮下一志氏による「由利公正の功績」だった。
 

16/07/11 死
永六輔が亡くなったというマスコミの報道を見て、僕は十数年前を思い出した。十数年前におけら牧場にログハウスが出来上がり(設計者は牧田)、その竣工式の最中に、突然、彼が姿を現したのである。
 「次の講演時刻まで1時間ほどあるもので・・」を皮切りに当時の政界裏情報をしゃべり始めたのだけど、いやはやしゃべりの軽妙洒脱なこと。20人ほどの聴衆は捧腹絶倒で「さすがおしゃべりおじさんと噂されるだけのことはあるなあ」と、思った

16/07/10 死
 
 先々週、敦賀市在住の従兄が亡くなった。74歳だから寿命を全うしたと基本的に言えるのだが、彼はこの六年間植物人間だった。そうして死んでいった。葬儀会場で見た彼の死顔は、往時の半分の大きさだった。
 小林旭に似た昔の面影はどこにもなかった。
 生前の楽しかった付き合いが走馬灯のように頭をよぎる。そのことだけが僕の一週間だった。

 奥さんは、施設に預けず自宅で介護し続けていた。不謹慎な言い方になるかもしれないが、介護が終わったことでの開放感もあるだろうと思いきや、「旦那を介護し続けることだけが私の生き甲斐でした。その生き甲斐がなくなってしまいました」と言う。  その言葉がとても印象的だった。

 
 ウイスキーを飲みながら半村良著「大久保長安」を読んでいた午前中、吉村さんがやってきて
「高戸甚右ェ門氏講演「インダスの流れ」
期日  7月21日(木)13時30分~
会場  中央公民館(金津町)1F和室。
会費  200円(チャパテイ試食)

 
をブログに載せてくれ、と言う。
 講演終了後の聴衆に向かっての挨拶を頼まれた。勿論オブコースだ。

16/07/09 読書 読書 読書


あれだけ好きだった酒・煙草・女をぴたりとやめて(除ひとりの女性)、CAD三昧読書三昧の生活を送っている。

下記の高戸甚右ェ門氏の講演は
7月21日 PM1:30~
場所 中央公民館一階和室
参加費200円(チャパテイ、カレーが出ます)。
是非おいで下さい。

16/07/08 パソコンが復旧した
 
まずはとんぼさんの記事を紹介

新着記事「「インダスの流れ」の紹介」が届きました!   
名前  : とんぼ あわら市河間在住の高戸甚右ェ門氏は大正12年(1923)生まれだから93歳になられる。高戸氏が35(昭和33年・1958)の時、2年間コロンボ計画(東南アジア開発計画)で、西パキスタン(現パキスタン。東パキスタンは現パングラディッシュ)に農業技術指導員として派遣されました。
 その滞在記をまとめたのが「インダスの流れ」です。著書のなかで氏はパキスタンのみならず、インド、アフガニスタンにも足を延ばされ現地の実情を記録されています。イスラム過激派アルカイダが結成される以前でしたが、インドパキスタン分離戦争(1948)から10年しか経過していません。分離戦争ではインド(ヒンズー教徒、シーク教徒)とパキスタン(イスラム教徒)の殺戮が繰り返されていました。
 貧困と因習、閉ざされた社会、厳しいイスラムの掟。おおよそ西欧型民主主義の概念も道徳も一切通用せず、唯一絶対の神・アッラーフの教えが全ての判断基準となる宗教国家に足を踏み入れた高戸氏は貧困と習慣、思考の違いに戸惑うばかりでした。
アフガニスタンとの国境では手製拳銃が店頭に並び、男子は幼い頃より拳銃とナイフを手にする。男は勇敢に戦い潔く死ぬことが至上であり、女は強壮なる子供を産み、立派な戦士に育て、戦場に送りだすことが義務であるとされていたのです。
これは十字軍遠征(1096年~)でキリスト国家に侵略されたイスラム国家に芽生え、戦乱を通して培養された暴力主義、イスラム絶対主義が一部ではあるが大衆に浸透していたことを意味します。それを今から58年前に高戸氏は見聞されたのです。アルカイダ、ISは突然出現したのではなく、彼等が出現する土壌は常にあり、過激派は大衆の不満を背景に勢力を保持し続けます。今彼等を殲滅したとしても必ず復活することを覚悟する必要があります。
単なる異国、異文化への興味だけではなく、イスラム、イスラム国家を理解するために吉村氏が中心となり、高戸氏に「パキスタン滞在記・・インダスの流れ」の講演を依頼、実施に向けて日程を詰めています。最も今日的、タイムリーなテーマーでしょう。
 当日、彼等の主食「チャパティ」と「カレー」を著作を参考に再現することで私も協力します。参加者に味わっていただきます。もちろん当時の彼等の粗末な食事を味わっていただくことが目的であり、美味しさ不味さは不問にしてください。詳しくは後日掲載するので関心のある人は申込下さい。
尚「インダスの流れ」は図書館で借りられます。

 
7月日記