2000年12月

2000/12/28 ヨイトマケの唄 

おとついの晩、晩酌しつつ見ていたTV画面で丸山明宏が特集されている。勿論「ヨイトマケの唄」が軸だ。シスターボーイとして既に有名だった丸山のこの唄を30年近く前はじめてラジオで聴いたとき、既成のイメージとの落差と、にもかかわらずの、唄の素朴な力強さに驚いたのを覚えている。
TVの唄を聴いているうちにではじめた涙がとまらなくて、とっても困ってしまった。
ゲストのなかにし礼が、日本歌謡曲史上、詞・曲・社会性すべてにわたって最高のものです、と解説していた。最高の唄は「赤とんぼ」だとかたくなに思っているぼくだが考え直さなければならないのかもしれない。


2000/12/27 はなし

夕方、高木文堂さんがふらっと来なさった。1時間半、福井県政に対する思いを拝聴。
裏話も含めてひとりで聴くのはもったいなかったんだけど、高木さんのトーンは、自治体の自力更正・人材の都市部からの奪還・地方における先端情報技術の集積。・・箱物行政に対するアンチテーゼをしっかりと語っていきなさった。
なによりも理論家だ。地方自治の21世紀型リーダーにはこのような人がなるという潮流が、全国的には既につくられつつあると思う。

〇きのう午後6時半、町役場3階。上下水道課に関する職員講習会にぼくはもぐりこんで聴いていた。秋ぐちから来年3月までのあいだ定例で、各課の担当者が全職員を相手に講習会を開いていく予定だとのこと。
とってもいいことだと思う。民間で異業職種の交流会が活発であるように、役場職員もおのおのが、課を超えのエキスパートになってほしい。
役場だけじゃなくって教職員も百花斉放してほしいなあ。小中のPTA役員時代に感じたことだけど、教職員というのはいつも教える立場にたっている。教えることが教えられることで、教えられることが教えることであるというパラドックスが大事。


2000/12/25 20世紀も残り一週間をきってしまった

3日前か、福井市内の建設関係の社長サンが来訪。「去年比で仕事3割は減ったなあ。ここ2年で知合いが4人死んだ。みんな負債で首まわらんようになっての自殺や」とマア、すごいことを言って帰っていった。身にせまる問題だ。
国の借金640兆円というのも天文学の数字だが、金融資産は1300兆円あるという。財政再建のための節約は大切、でも民間人にとっては景気浮揚が文字通りの死活問題になってきている。昨晩のラジオで宮沢大蔵大臣が、決定した予算に言及して「財政再建しばし先送りの公共工事下支え予算です」といっていたが、現実の政治というのは杓子定規では動かせないということやね。しかし勿論、意味のない公共工事をしてはならない。


2000/12/24 きょうはジングルベルだったのだ

妹が送ってくれた「にっぽんの民主主義」を読んでいた。昭和20年8月30日、焼け野原日本におりたったD・マッカーサーの戦後占領政策のひとつに、キリスト教普及があったそうである。確かに平成の今よりも、昭和の時代の映像にクリスマスイブの夜の、例えば銀座の馬鹿騒ぎが多かったような気がする。
そういえば10年以上前、「Xマスケーキ食べさせての」とせがむ子供らに、「わたしらキリスト教徒ではないんや。祝うんなら花祭りや、お釈迦さまの生まれた日や」と妻が答えていた。
これは微妙な問題で、イブのお祭りが宗教的行為であると主張する妻の気持ちに対して子供らは、単なる習俗やと言っていたわけである。ところでぼくは甘党ではない。

〇 どてっと横になってTVを観ているのが、日曜朝のぼくのすごしかた。
「ザ・サンデイ」は今週一週間に起きた少年犯罪を映像で特集している。
精神科医の香山サンがその解説をしていた。早口で2分間くらいで解説させてしまうところが、商業TVのなんともものすごいところだ。
少年犯罪の70%に非行暦はないという。情報社会は大人と子供の壁をなくしてしまったという。地域や家庭の躾が薄くなり、社会全体が不透明になっているという。いじめや暴力の原因に「型」というものがなくなりそれぞれが個別のわかる原因又わからない原因を持つという。
TVを観ながら言うのも変だけど、TVの興ざめ番組垂れ流しにも少年犯罪増加遠因の一端はあると思うなあ。


2000/12/22 ひとり 

午前2時、漆黒の闇のなかで万物が沈黙する時間帯。つい3時間ほど前までいたカラオケの喧騒が夢のようだ。

〇ひとりでいる時は孤独だというけど、とんでもない。ひとりでいる時に、自分の体の例えば手とか足とか足の指とか耳たぶとか、髪の毛とか、すべてがお互いにおしゃべりし合ったり、警告を発したり、悲鳴をあげたりしている。  
           「五木寛之・プレイボーイ」


2000/12/21 うすぐもりの朝 

体に障害を持っている修学適齢児のお母さんからしばらく話しを聞いていた。普通学校へ行かせたいという気持ちがひしひしと伝わってくる。
むかし、手話を勉強し始めた頃、三国のろうあの女の子が言ったことを思いだした。
「小3の頃失聴して、ろう学校の寄宿舎に入ることになった。それまで普通学校にいて、行き帰りや放課後、いつも近所の友達と一緒やったのが、突然環境が変わってすごく悲しいしつらかった」障害の内容や程度にもよるが、教育環境というのは本人や保護者の思いを最大限尊重するべきだと思う。新聞には、ノーマライゼーションとか統合教育とかいう言葉も時々登場している。


2000/12/20 交通道徳

禁酒を決意したけれども、我慢してストレスを貯めるのはかえって体によくないんじゃないかとひとに言われて路線を節酒に変更した。
午後10時、ワインを少しだけちびりちびりと飲んでいる。
それにしても、きょうはちょっと腹のたつことがあった。
所用で芦原町の郊外を走っていたときラブホテル前で、そこに入ろうとして走ってきた対向車にぶつかりそうになったのだ。相手の男はなんと、顔を伏せながら運転していたので対抗車線をはみ出しそうになったのである。
ぼくも20年近く前新婚のころ、そういうところに、妻と数回いったことはある。しかし正面を向いて左右の安全を確かめてはいっていった。プライバシーの保持よりも交通道徳の遵守のほうがずっと大切だと思う。
昼12時、「まきちゃん、相談したいことがあるんや。昼飯一緒に食べようや」という、先輩建築設計事務所所長からの電話。柄にもなくフォークとナイフで西洋料理をくいながらよしなしごとをしゃべりあっていたら、金津町役場住民課がぼくの携帯をコールした。「ろうあ者が窓口に来ています。本人が牧田さんに通訳に来てくださいと言っています」のメッセージだ。「10分間待っていてください」と返事しつつ、注文したコーヒーと紅茶をキャンセルして住民課にかけさんじた。

他の町役場や病院からもこういう依頼は頻回にあるし勿論嫌ではない。けどか、いけない時、いきにくい時も確かにあるのだ。町役場にも手話のできるひとを養成することが必要だ。複数の希望者があれば週一回くらいなら、ボランテイアとして喜んで手話講習にいきまっせ。


2000/12/18 禁煙はできないけれど禁酒はできる

寝る前布団のなかで、禁酒を決心した。
ぼくは、なんの集まりであれなんにんかが集まる機会があれば、簡単にではあっても議会報告をするように努めている。それは自分の義務だと思っている。
きのうの晩も金小PTA・OB7人による年忘れの集まりがあった。某郵便局職員・桜井クンが持ってきたコニャックを度の強い酒とは知らず飲み始めていつのまにか一本あけてしまったぼくは、結局、義務を忘れて酩酊の世界に入ってしまった。同席した3人の女性たちが美しいこと自体にも罪があるのだが、やっぱりひとのせいにしてはいけない。
家康の家訓「ひとの一生は重い荷物を背負うて歩むがごとし」なのである。


2000/12/16
 新住居表示で旧町名が消え 今度は金津町の名が消えるのか

先の定例議会で、田島議員が「市町村合併」に関して質問した。
町長は「国の推すことで、避けることは出来ないだろうが,しかしアンケートあるいは住民投票のことも考えている」と答弁した。関連質問が許されていないので、アンケート云々が合併自体の是非を問うものか合併のタイプを問うものかはちょっとわからなかったが、今の時期、どこの町村議会でも首長の答弁はおおむねあんなものだろう。
いろんなひとと話をしていると「加賀市と合併するのがいい」というひとが以外と多いのに驚く。加賀市で買物をする世帯の比率が結構あるみたいだ。行政職のひとに「県境超えの合併ありかの?」と聞いたら「国はOKやろ」の答え。しかし福井県が、うんとはいわんやろうな。


2000/12/14 議会最終日

ことし最後の町議会定例会が今終わった。なんか疲れた。
あと16日すれば21世紀に突入するのだけれども、それで関係が精算されるわけではない。
いろんなものごとはそのままひきづられていく。

議会・委員会ででてきた内容あるいはウーンと考えさせられたことについては今月下旬にメール発信したいと思っております。

〇西尾幹ニの「国民の歴史」を読んでいると「文字は言葉にすりより、言葉は行為にすりよる」というフレーズが頻回にでてくる。
昨晩活字を漫然と眺めていた時、ココロが砂漠になっているような気分になり、懐かしい友達に電話してみた。ほんのふたことみこと・数分間の他愛もない会話。でも、それだけで砂漠に真水がしみでてきた。寺山修司は「活版印刷を発明したグーテンベルクが詩を堕落させた」と随筆に書いていたが、別に詩であろうとなかろうと肉声には霊力というものが確かにあると思う。
IT革命による文字情報の氾濫はひとをだんだん孤独にしていってしまうんじゃないかね。


2000/12/12 きょうは平成12年12月12日・いちにいちにいちにです

先週土曜日、歯茎が痛く、リンパは腫れ、肩がだるく、熱っぽかったので坂野歯科に行った。
ドクターから「悩みやストレスが続き、たまってくるととこういう症状がおきることもあるんですよ」
歯形のレントゲン写真片手にそういう説明をいただいた。
たしかに最近のぼくには悩みがつきまとっている。家計は大丈夫なんやろか、腹がもっとひっこまんか、最近子供らが生意気や、妻とも御無沙汰や、といった俗っぽいのが殆どなんだけど、
しかしそれでは格好がつかない。
そこでぼくは「町民幸福追求的懊悩型歯茎痛症候群」にかかってしもたとひとには言ってあるいている。


2000/12/10 つ

夕飯どき、お袋が娘に「お茶、熱いんがいいんか?冷たいんがいいんか?」と聞いたところ娘は「つ」と答えた。ぼくはちょっとびっくりした。確かに「あ」か「つ」かでどちらをほしいのかはわかる。勿論、ひとさまの前でそんな答え方はしていないだろう。家庭内だからこそ使える符牒なのだといえるのかもしれない。
ただ、きのうあるひとから「コンピューター・メール社会が若いひとたちの顔つきあわせての会話量を少なくしてるんですよ」と言われて、若いひととのつきあいが全くないぼくには{?!」だった。
ひととなりがよくあらわれるのは、文字より言葉だと思うし、言葉より行動やとぼくは思うんやがなあ。


2000/12/09 悩んだり笑ったり

午前7時30分、事務所。まばゆいほどの朝日だ。
構造計算で一週間悩み続けていたことが昨晩解決した。するとどうだろう。サンライズ・サンセットで朝日は毎日昇るのに、今朝は特別まばゆい。すがすがしいのである。
人間なんて単純なものだ。同じ風景がちょっとした気分の変化で全く違うものにみえることがあるんだもんね。でもこのことは、眼前の対象が自分とは切り離されたものではなくて、自分の意識の投影体であることの証しかもしれない。

過去の苦しみが 後になって 楽しく思い出せるように
人の心には 仕掛けがしてあるようです
        星野富弘「風の旅」


2000/12/08 絵

昨日、福井県立美術館に「やまぐちまさえ(草花心経展)」をみに行ってきた。隣のうちに住んでいるひとなんだけど、あんなに沢山の、あんなに緻密な淡彩日本画を書き続けてきたなんてこと全然知らなかった。適当な時間に帰ろうとしたら、津谷博子さんに呼びとめられて「閉館まで受付してての」といわれたので受付で伊佐田さんと5時までよしなしごとをしゃべっていた。館内隣の会場では美浜美術展が開かれていて、津谷博子さんの作品「プロオキイズ」がかけられている。作者によればタイトルには閉塞という意味があるそうだ。徹底して抽象だ。淡彩の日本画がココロをほっとさせるものであるのに対して、抽象画は潜在意識にドスドスとのりこんでくるもの、語るものという気がしたなあ。なお絵展の詳細は「議員日記」11/18をご覧ください。


2000/12/06 性格はなかなかなおらないけど

昨晩10時の事務所、うっとうしい気分で煙草を喫っていたら妻から電話がかかってきた。「なんか沈んでいるんでないけ?」という声に「ウンウンまあな」とうなづいた。
ぼくは性格的に器用なほうではない。物事をふりわけながらテキパキと片付けることができない。議員になって生活が二股になってこのことをより強く自覚している。気になりはじめたらもうアカンのだ。勿論、もうアカンと思ってもはじまらないので最終的には対処しているものごとに見きりをつけざるを得ないのだが、その繰り返しがストレスを蓄積しているような気がする。
「50にしてたつ」という格言もあるのだから、いろんな意味で自立できるように自己改造にとりくもう

2000/12/05 朝は霰が降ったのだ

午前中は町役場。新人議員で今度の定例議会に提出される諸々について諸々の話をしていた。
帰宅してCADにむかっていたら、向ケ丘の多幡さん来訪。「ハスの実の家創立35周年記念コンサート」チケットを預かってといわれた。12/16(土)pm4:00-¥2千円です。御希望があれば牧田までどうぞ(73-4701)。
夕刻、ドドっと階段を駆け上がってきたのは下の息子。「焼肉くいに連れてってくれ」という。中学2年といやあ食べ盛り、しかたあるめえ。
52歳が近づいて、いわゆる「ハメマラ」の順に老化しつつあるぼくに肉は手ごわい相手だけれど、たまには子供を喜ばせてやろう。


2000/12/04 もはや相撲界も芸能界なのか

久し振りの喫茶店で週刊誌をめくっていた。ニ子山親方夫妻の不倫が下世話な文章で特集されている。ニ子山部屋全盛の頃は書こうにも書けなかったことを、落ち目になってきたのでパッシング気分で書いているのだろう。まことに時流迎合主義である。
「不倫」は比較的新しい言葉ではないだろうか。イヤな響きを持つ。「倫理にあらず」の倫理は性愛倫理だろう。ひとはひとである限りにおいて性的存在である。異性にあこがれたりひきつけられたりする感覚を不倫といおうが多情といおうが煩悩といおうが、倫理との落とし前は当事者間でつけること、とっても個人的なことがらだ。他人がとやかくいうことではないだろう。面白がって書いているとしたら、不謹慎だ。


2000/12/03 このところ忘年会が続いている

am9:30起床。ネットワークで空き缶拾いをしていることを思いだし、しばらくの間参加した。場所はバイパス道路・西山建築デザイン事務所から向ケ丘交差点まで。道路両脇が茂みになっているので空き缶・空き瓶が大量に捨てられている。議員視察研修で北野町役場に行った時、「空き缶ポイ捨て・罰金条例化」の話をきいたが、バイパス道路では目撃者などまずいまい。結局はひとりひとりの公衆道徳の問題だろう。  済んでから川野造園で鴨スキを御馳走になった。生まれてはじめて口にする味だが、おいしかった。
ものの本によれば、好き焼きのスキの語源は鋤だ。戦国の世、朝鮮出兵でウルサンに篭城した日本軍が鋤を炉にのせて馬肉を焼いたことに由来するという。


2000/12/02 上の息子はシテイボーイ 妹はシテイオバサンになっている

東京に住む妹と久し振りに電話で話をした。「石原都知事になってから、なにかと増税で大変や。マ、それは仕方ないけど公共事業見直し233件のうち福井空港だけが突然「預かり」になってしもた。「もんじゅ」運転再開との取引の結果やろけど、なんで空港つくらなあかんのや?増税は公債減額の為やがね」としきりにぼやいていた。こんにちほどカネという言葉が否定的意味合いで使われる時代はなかったと思う。
中学のとき担任のセンセがみんなに「100万円もろたらなにに使うや?」と聞いた。ぼくは「みんな1円玉にかえて4帖半の部屋にばらまいてクロ-ルで泳ぐ」と答えた。別に戻りたいとは思わないけど、このもの頃のほうがロマンがあったような気がする。


2000/12/01暖かい師走初日 今年も暖冬か

全協で受けた概略説明を詳しく聴こうと福祉厚生課に行った折、
放課後児童クラブ」に話題が移った。このクラブは小学校低学年及
び幼稚園児の放課後を行政が預かっている組織で3,4年前にできた。
現在40人の児童園児がこのクラブに入っている。核家族・共稼ぎの
比率上昇に応じて年々メンバーが増えている。小1-3年を社会福祉
センターで、幼稚園児を金津幼稚園で預かっているのだが、来年は福
祉センターの応接室を改造してクラブに充当させる計画だとのこと。
それはそれでいいのだが、幼稚園が保育所からのもちあがりの場では
ないということがあんまり浸透していない気がする。保育所は保育に
欠ける子が行く場なのだから5才児を保育所が続けて受け入れるのは
ちっともおかしくないのだ。