2002年05月

02年05月31日 無題

昨晩、妻との会話にぎすぎすが入ったせいもあるのかなあ。
いろんなことが思いどおりにいかなかった5月がきょうで終わる。
こういう気分で月末を迎えるのはもう定番になってしまった。

そこで「思いどおりにいかないことが大切だ」を座右の銘にしようと思うのだ。

02年05月30日 総務委員会

おとついの総務委員会・管内視察先は、駅前駐車場・創作の森・向ケ丘駐車場整備予定地・嶺北消防本部司令室だった。

○駅前駐車場の利用度がいい。京福線が動いていないことも理由のひとつなのだろうがとにかくいい。「月極駐車の比率を今年4月から減らしました」という担当課長の説明にぼくはなるほどとうなづいた。時間制のほうが収益効率がいいのだ。予定されている新幹線のことを考えても、三国・芦原とJR芦原温泉駅をつなぐ気動車復活というのが選択肢のひとつではないかと思ったね。

○創作の森はガラス工芸作品展の真っ最中。「金津のほか、富山・能登島・兎立山のガラス工房諸氏の作品が展示してあります」という担当課員の説明を聞いて、能登島ガラス館の設計者=故毛綱氏を思い出してしまった。学生時代、ぼくの4級上だった。衒学的といえば衒学的だけれど、風水の思想をとうとうとしゃべる異色のひとだった。

前衛ガラス作品をじっと見詰めている横で中年ご婦人4人組が「素晴らしいわね」と口々にささやくので、ぼくが「確かに美しい。美そのものといえるでしょう。しかし、これらの作品を超えるいわば美の極地があります。それはあなたがたです」と言ったら「なんておじょうずな」と言われた。どうも創作の森には似つかわしくない会話をしてしまった。
「森の精三人展」が7月2日から始まります。ご来場ください。

○嶺北消防本部司令室はまるでハイテク機器のかたまりだ。
10数年前隣家の火事を体験したぼくにとって、火事ほど怖いものはない。
つい、沢山の質問をしてしまった。

02年05月29日 安藤忠雄

三国土木での打ち合わせ終え帰宅。
遅めの朝御飯を食べながらTVのスイッチをいれた。
BS放送は「安藤忠雄の世界」を流している。

今、日本はいうに及ばず世界で最も有名な建築家なのである。
10数年前、名古屋で講演を聴いたことがあるけれども、野太い庶民的な声、精悍な顔は相変わらずで「とにかく現場へ足を運ばなあかん。光と水と緑を存分に感じるのだ。手を動かせ。手を動かしながら考えなあかん」と熱弁をふるっていた。
最後に「考えろ、考えろ、座ってなんかいずに、外へ出て歩き回って考えろ。
なんぼ考えても、考えるのはただやぞ」と言っていた。名言やね。

外は初夏の陽射しだ。ぼくもしばらく風になる。


02年05月28日 もうすぐ6月か

全国ニュースが印パ情勢とワールドカップ直前情報を繰り返し報道しているのは象徴的だ。核保有国どうしの衝突が人類にとって最悪のシナリオになりうるという緊張とオリンピックもものかはの世界最大のお祭りが同時並行で進行しているのである。
印パ当事国にとってはサッカーどころじゃないだろうし、ワールドカップ出場チームにとっては印パどころではないのだろうが、その他大勢はヒューマンの感情と娯楽の歓喜を常に合わせもっていて、そうでなければ人間稼業をやっていけないということかもしれない。

今でこそ例えばオリンピックは商業的だが、昔は政治的だった。
1968年のメキシコオリンピック(ボブ・ビーモンが走り幅跳びで世界記録を樹立した)では、政府軍とゲリラ軍が銃撃戦を展開し多数の死者がでた。
1972年のミュンヘンオリンピック(100m徒競争電気表示初の9秒台ランナー=エデイ・ハートがマネージャーの手続きミスで出場できなかった)では、イスラエルのレスリング選手団全員が確かPFLPに殺されている。
政治的信条による摩擦の渦のなかで、人類の歴史は悲劇の歴史であったともいえる。
死後の彼岸を見据えた宗教、セクトを超えたそれこそグローバルな宗教をぼくらは求めなければならないのではないか。

02年05月27日 月曜日の朝 

事務所入り口にある桜の木。
7年前程前に苗木として植えたこの桜の木が今では既に2階の
天井面程に大きくなっている。
枝葉の茂りがはなはだしくなったので、昨日剪定した。
のこぎりもって汗を流した。
桜の木もぼくの気もすかっとし、日々新たという気持ちで月曜日の朝を迎えている。
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旅の宿のTVで、ワールドカップ・セネガルチームのキャンプを引き受けた自治体の担当課長自殺というショッキングなニュースをみたのは、一週間前だ。
読まなかった翌朝の新聞にその記事が載ったかどうかはしらないが、職員の自殺が相手チームとの受け入れ交渉に困難を極めた末の心身疲労故というTV報道で、これは大きな問題になるなと思ったのだが、その後新聞・TVどちらにも寡聞だ。
世紀の行事に水をさすというマスコミの配慮かどうかはしらないが、担当課長家族の心中推して知るべしだと思う。


02年05月26日 無題 

昨晩、ひと仕事終えての飲み屋で「議会はなにしてるんや、魑魅魍魎が跋扈しているところやが」と隣席のおじさんからいろいろ言われた。
個人名だしつつの叱責であったが、勿論HPに個人名を書く訳にはいかぬ。
おじさんの事実認識は虚実ないまぜだったので、ぼくの受け答えは「しかり」と「そこは違う」の交錯だった。

住民・行政・議会を並列に眺めたとき、一番胡散臭い存在が議会だという
みかたは昨今の報道をみても固定化している。
確かにぼくら議会構成員は襟を正さなければならないところが多々あるし
その為の努力をしているつもりではあるけれども、一方で議会は住民意識
の縮図だとも思う(考えてみれば有権者によって選ばれるのだから当たり前
なのだが)。
議会や委員会を傍聴することによっていろんなことがわかってもらえる。
今までに行った視察研修先の町は傍聴に来るひとが多いとぼくは感じた。

02年05月24日 どんより曇り空の朝 

緊張の糸切れて惨敗となるだろう、今期の最後だけは見届けてやろう、今宵はどこへもでないぞ、仕事もしないぞと心に決め、TVの前に座ったら、玄関ドアが開き「新しい人がふたり来たんや、通訳にきてもらわないと困る」の苦情配達人がきた。
不本意ながら手話サークルの場に出向き、後の経過はわからない。
帰宅後のニュースは猛打爆発の阪神、巨人に一矢報いるの図。
矢野、斉藤、今岡、アリアス、エトセトラがポンポン打つのをウイスキー片手に眺めながら「さすが今年の阪神はちがう」と「試合内容からいって3連戦3連勝のはずやったんやがなあ」のふたつの思いが交錯する。

しかしなあ、野球の試合結果で生活の悩みが消えてくれるわけではない、町がよくなるわけではない。
ここまで楽しませてくれたんや、こののち勝ち続けようが負け続けようがどっちでもいい。実力相応に頑張ってくださいよを交錯する思いの結論としてはやばやに寝てしまった。

早朝に飲む豆砕きアツアツ珈琲はとてもおいしいのである。


02年05月23日 死 

昨晩は視察研修先のぼくの携帯に親戚・知り合い二人の死の知らせが入った。二人とも寿命というにははや過ぎる。まことにわれやさき、ひとやさきである。
朝9時から三国町での葬儀に出席。お悔やみの心に浸っているとき、弔辞読みを依頼されている友人数人の顔が目に浮かび、弔辞の字面を練り始めたのだがやめた。
恐らく彼らより先にぼくが逝く。彼らはどうかしらないがぼくは天国に逝く。

生に絶対的な保証はない。きょう一日生きることができたことを素直に神仏に感謝するだけだ。
出棺時、知人との故人に対する思い出話のさなか、金津町役場より突然の携帯コールが入った。役場での手話通訳アポイントを忘れていたのだ。「10分で戻ります」と答え、大急ぎで戻った。役場福祉厚生課のかたには、御迷惑をおかけしました。ごめんなさい。

02年05月22日 視察研修 

今回の総務委員会視察研修先は2箇所で、大阪府忠岡町と京都府園部町だった。詳細報告は後日マンスリーに載せます。

忠岡町は人口が金津町とほぼ同じであるにも関わらず面積が4平方キロ強で金津町の70平方キロに比べてずっと小さい。泉大津市と岸和田市にはさまれ、完全に市街地だけの町だった。繊維と木材積み下ろし港で栄えてきたので、介護保険や消防などの事業を全て単町でこなしてきたのだが、近年構造的不況で税収が落ち込み、一般住民も参加する「財政健全化推進委員会」を設置した由。
でもその詳細を聞いてみると、公募したにも関わらず実際の応募者は3人しかなかったという。どこの町でも一緒だと思った。ただ庁舎がシビックセンターという複合施設の中に組み込まれているのには感心した。維持管理のコストダウンに結びつく。町面積が小さいから出来る芸当なのかもしれないけど。

園部町は元自民党幹事長・野中広努の弟が首長の町。
いろんな先端的施策を実行しているなかで、特にマルチメデイア機能を充実させている。CATVの普及率98%というのは驚異やね。
余談だが「園部町のまちづくり」という概要説明冊子がかんじよかった。
単なるわらばんしコピー22頁の概要説明書だけど、美辞零句なしの簡潔文体で字体大きく読みやすかった。

当町紹介の冒頭、助役が「本町の町長は就任時、町長専用の公用車廃止を宣言実行しました」と言っていた。よろしいですなあ。

質疑応答終了後、雑談のなかで、某議員の当町助役に対する「町長のお兄さんが政界実力者であることで、いろんな先端的施策が実行できるんではないですか?」の問いに「そんなことないです。一線を画しています」と答えていたが、それこそそんなことあるまい多少はあるでしょうに、が傍で聞いていたぼくの実感だった。


02年05月20日月曜日 旅の宿 

休筆日です。

02年05月19日 日曜日 無題 

愛車チャリンコ・ナショナルバナナ号で竹田川堤防を走っていたら顔だけ知っているひとに呼び止められた。
四方山話のなかで「牧田さんの仕事って手話ですけの」と聞かれたので「違います、議員です」と答えようと思ったのだけれど、議会事務局からいただいた議員名簿の職業欄に「設計」と書いてあったのを思い出して「設計です」と答えたら「ああ、織機の組み立て設計ですんにゃね」と言われて考えこんでしまった。
元北海道知事ではないけれど、ぼくは横道へ行く人生を歩んできたような気がする。浮気性のかるい人生を歩んできたような気がする。
今はやりの異業種交換という観点からいえば、いろんな職種のひとと知り合ったし又お付き合いもさせていただいているけれども「真実一路・職業一筋」という後光のさすような重みのある人生を歩んでおられるかたには足をむけて寝られないぞと思った。
自己嫌悪が残る一日だった。
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●きのう、新しいURLは?のコールをくださったかた、ありがとうございました。
 「頑張れよ」のひとことがとっても嬉しかったです。

●小雨にも関わらず、トリムマラソンを走られたかたがた、御苦労さんでした。

02年05月17日 金曜日 朝からどしゃ降りですばい

ぐっすり寝込んで目が覚めたら7時を過ぎていた。
昨晩は酒一時解禁、「手話サークル・たまには飲もうや会」だったのだ。
ぼくの事務所の座りテーブルは2.5m×0.9m。10人くらいでほぼ満席だ。
左隣り右隣りが20代だったのでお酒がおいしかった。

久々に来なさった某市認定通訳士である中年のひとが「手話通訳奉仕員で支給される金額って、何時間こなしても2000円です。これって安くないですか?前の県にいた時は5000円+超過時間給でしたよ」と不満を述べなさった。
報酬をだしているのは県や協会で、ぼくではないので答えようがなかったがちょっと考えた。
奉仕とかボランテイアとかいう言葉は美辞である。してもしなくてもいいことである。奉仕どころじゃないぜが、不景気下のしゃばの空気かもしれない。
けれども、行政の下支えの面もある。
例えば手話通訳員がいなかったらあの町この町に困るひとがいるのは厳然とした事実だ。ぼくなんざキャリアだけながくて途中でPTAやら議会やらに軌道が変わってしまったけれど、福井県内には国認定の立派な手話通訳士が何人かいる。彼ら彼女らのなかには手話にのめりこむあまり家庭争議・離婚沙汰を起こした例のあることもぼくは知っている。
通訳技術修得の為に要したエネルギーは大変なものであったはずだ。
英語などのメジャー言語に光をあて、手話などのマイナー言語に光をあてないのがお上の姿勢であることはもう十分わかっているし、光などあたろうがあたるまいが地道に歩むのがひとの道だともいえるだろう。

しかし、にも関わらずそういうひとたちは臨終の布団のなかで「もっと光を」と呟くのじゃないか。そんな気がする。

02年05月16日 水曜日 星のみえない夜

業界用語に偏心率という言葉がある。
建築基準法は、建物の中心=図心と重心ができるだけ近いのがよろしい、
ずれの割合はせいぜい15%にとどめなさいとうたっているのだが
そのずれの割合を偏心率という。
偏心率が大きくなりすぎると、地震が起きたとき、建物がねじれ現象を
起こしてしまうのだ。
人間の肉体でいうと、中心は腹部・臍のあたりだろう。
ぼくはここにココロが宿っていると密かに思っている。

沖縄を除いた場合、日本の緯度の中心に福井県があるという。
そういえば福井はいろんな果物の北限でかつ南限であるそうだ。
東日本であるような西日本であるような県でもある。

市町村合併を考えるとき、図心は面積心で、重心は人口密度心となる
のだが、ここにも偏心率の考え方が導入されてしかるべきだろう。
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●掲示板に「知人よりのメール」が載っています。
  金津町民にとって、とっても示唆的じゃないかと思います。
  是非、御覧ください。


●大野の米村さん、奥越の合併状況はどうなんですか?
  掲示板に書いてくださいね。

02年05月15日 水曜日 さあ、又頑張ろう 


地名にひかれてしばしの旅にでた(MAP参照)。
周辺を歩きまわった。橋立の海岸は、東尋坊や雄島ほどには人がいない。
閑散としている。ブッシュをかきわけ砂浜に降りた。
入り江は穏やかだ。
東海の小島でもなく蟹もみあたらないので、ひたすら寝転んでいた。

目がさめたらあたりはもう暮れかかっている。
夕陽を背にうけた沖合いの貨物船もシルエットだ。
うん、海はいい。そして日本海が一番いい。
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●5月16日(木) 私の事務所で「手話サークルかけ橋・たまには飲もうや会」が
 開かれます。会員のみなさん、万障お繰り合わせの上、御参加お願いします。

●5月24日(金) 私の事務所で「まきぽん会」例会が開かれます。
 会員のかたがたは、万障お繰り合わせの上、御参加お願いします。



02年05月14日 火曜日 風たちぬ


しばしの旅にでます。




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●合併メモ(国が決めたことですねん)
平成16年3月までの合併 人口3万以上で市に昇格
平成17年3月までの合併 人口4万以上
             ①連担 市街地60%以上
             ②連担 商工業60%以上
             ①又は②をクリアが条件
平成17年4月以降の合併 ①及び②をクリアが条件


02年05月13日 月曜日 ま、とにかく頑張ろう


7時起床。
きのうの睡眠時間は8時間だった。最近、睡眠時間が増えている。
いやなことが続く時、眠るのが一番です。
我々煩悩具足の庶民は何かに救済を求めるのだが、ぼくの場合は
眠り。
寝床につくと、いろんなことを考える。
死後どうなるのかというタマシイの行方云々の高尚ごとではない。思い通りにいかないことがあり過ぎ、しゃばから逃げ出したいと思ってしまうわけです。しかし、眠りの世界には煩悩の入り込む余地はないわけで、「生は死の世界からの前借りだ。眠りはその利息である。」と誰かエライひとが言っていた。

02年05月12日 日曜日 ぶなの森


ぶなの森のコンサートに参加した。
刈安山頂上で車を停め、林道を40分歩いて会場に着いた。
去年のコンサート当日は晴天で木々の間をそよ風が吹きぬけて
いたが、今年の会場は霧に包まれていた。肌寒くもあった。
しかし、霧につつまれての谷口鯉山氏の尺八や、センター合唱団の歌声はファンタジックだった。
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●丸岡にまで直結する林道が、きょうの会場となったぶなの森を遮断する恐れありということを以前から
きいているが、絶対にそうさせてはならない。
ぶなの森は、松杉のように住宅用構造材として金銭化されるものではないけれども、しかし山を
保水する。腐葉土をつくる。これはかけがえのないことなんだ。

うーさんから「反省会やってる、おいでや」の携帯コールが入ったので
今からいってきますべ(PM6:15)。


02年05月11日 土曜日 気分日記


午前   気分普通
午後   気分上昇
夕方   気分降下

夜     気分大降下自己嫌悪  就寝
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●頭痛がするので病院に行った。
待合室に居た知人が「どこが悪いの?」ときくので、謙虚なぼくは「顔や」と答えた。
そしたら「ウソー、はらんなかでしょ」と追い討ちをかけられた。
金津の女性はもっと素直にならにゃいかんね。


02年05月10日 金曜日 何年ぶりかの足羽山


きのうの朝は、福井日赤病院に行った。知人を見舞うという坂ノ下の老婦人ふたりを車で送迎したわけだ。
妻がこの病院の看護婦をしていた頃「病院とあぶらはにっせきだぜ」と周囲によく言っていたのを思い出した。

外で待っている時間、足羽山に登った。
継体天皇石造横天魔ケ池のベンチに座った。池の説明文は「天正11年、柴田勝家攻略の為、豊臣秀吉が本陣をおいた場所」と書いている。
北ノ庄城の天守閣が燃え落ちる様を、つまり母お市と継父柴田勝家の最後を、ちゃちゃ・おはつ・おごうの3人の娘たちがここから眺めたのである。
無念の思いで眺めたのである。
本陣跡を歩き回ったぼくの足跡と、ちゃちゃつまり後の淀君の足跡は重なっただろう。そう思ったぼくはみょうに興奮してしまった。
歴史はエキサイテイングです。
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●夜は、有志がぼくの事務所に集まっての実行委員会。
そこに高木ぶんどうさんが来なさった(誘ったんだけど)。
元外務省官僚、ニューヨークで国際弁護士をしていたキャリアマンの饒舌はさすがやなと思った。
市町村合併という広域化がいずれ県境の再編・あるいは道州制につながっていくだろうというところまではよくわかったが、くっつくのは加賀100万石ではなく近江のほうが越前にとってメリットがあるという意見には目から鱗が落ちるような思いがした。


02年05月09日 木曜日 最近寒いね


きのうの夕刻、妻子未だ帰らずの食卓。
熱燗飲みつつお袋とさしで「人生いろいろあるなあ」の四方山話終え、仕事場に戻ったら、某県議からの新聞が郵便ポストに入っていた。

「自治体のDNA革命を」という見出しが市町村合併に言及している部分を読んだ。長い文章なので引用はできないが、骨子は、
①市町村合併も所詮、護送船団方式でのやりくりであって、根本的な解決につながるものではない。
②自治体のサービス業務に民間企業でも提供できるサービスについては、役所の部局も区別せず、競争入札制度を導入する視点が不可欠。
の2点だ。
①については、国が合併を金銭的に支援するといっても、期間限定の支援であり、自立の見通しがないのならば、合併するメリットはないということが確かにいえる。
②については、英国のやりかたを何年から耳にしてきた。公でなければやれないものとそうでないものとの峻別が必要なのだろう。

いずれにしろ合併論議は大きくなっていかねばと思った。


02年05月08日 水曜日 わびしい夜です


早く寝る日々が続いていたのだが、昨夜は夜なべ。

いろんなことがうまくいかず泣きたくなるような毎日なのである。
そういえばぼくが最後に泣いたのは遠い遠い昔のことだった。

田中元外相辞任の弁に「女の涙は雄弁だ」と言及した小泉首相がマスコミから相当たたかれたとき、あの言葉は本当に女性差別なんだろうかと、ぼくは不覚にも思ってしまった。
半世紀も生きてきたから、女の涙も何回かみた。数年前、職場での人間関係に疲れ果てた女性が、思いを饒舌に語るうち、次第に寡黙になり、嗚咽にかわり、大粒の涙が頬をつたい始めたときぼくは絶句するしかなかった。

思いは言葉によって語られる。けれども思いと思いの丈の差を埋める力は、詩人でもない限り涙にこそあるのではないか。
そして、ここが肝心なのだが、この場面を男の涙に置き換えたらサマにならないとぼくは思うのである。
松竹映画・フーテンの寅の主題歌にある「・・顔で笑って腹で泣く・・」を
生き方の範としているぼくは女性差別的なんだろうか。


02年05月07日 火曜日 演歌よりフォークだった日々


文部科学相の諮問機関、中央教育審議会(中教審)のスポーツ・青少年分科会(会長・奥島孝康早稲田大学総長)は5日までに、体力低下が指摘されている子どもがもっとスポーツに親しめるよう、小中学校の校庭の芝生化を進めることを柱とした中間報告案をまとめた。・・・・・・(読売5/6)
この記事を読んで、10年程前のオーストラリア物見遊山旅行を思い出した。

かの地の小中校グラウンドは全て芝生化されていた。「国民が親しむスポーツはラグビーなんです」とバスガイドが言っていた。
要するに、野球をしないから土の部分が必要ないというのが芝生化100%の理由だったみたいだ。
緑のグラウンドは見た目にはとてもきれいだ。あたりが柔らかくて動きまわりやすいのかもしれない。しかし、手入れが大変なのではないかなあ。雑草駆除の為に薬剤もまかねばならんだろう。
ま、グラウンドのことはよくわからないけれど、いろんなところに雑草だらけのはらっぱがあったらいいと私は思う。土管のひとつもおいてあればなおいい。
真夏の日に寝ころべば草いきれの匂い。空には入道雲。あたりをバッタが跳びまわる。白いスカートの少女がひとりクローバーの葉を摘んでいる。
こういうのが、我々団塊の世代幼児期の原風景であったわけですね。

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●ひとから「フォークソングのまきさん」と呼ばれていた若き日の
ぼくの一番の持ち歌は、はしだのりひことシューベルツの「風」だった。
ひとは誰もただひとり 旅にでて
・・・・・・・・・・・
そこにはただ風が 吹いているだけ

なぜこんなことを書くかというと、ぼくは風になることにしたのです。
風のゆくえはわからない。
日記に空白の続くとき
それはぼくが風になっているときです。


02年05月06日 月曜日 久し振りの地区理事会

昨晩は地区の理事会だった。
書記役のぼくはみんなの話を一生懸命記録していた。主なテーマは7月の金津祭りへの地区の取り組みについて。
当番区として大変だった昨年の祭り、灼熱の日がまざまざと蘇ってきた。
はやいものだ、もうあの日がちかづいている。光陰矢の如しなのだ。

いつだったか、某年配議員がぼくにこう言った。
「牧田はん、人間55歳をすぎると毎日がてんぽにはようなるざ。物忘れは日常茶飯や。あれがダメになる。動きもにぶうなる。集中力がどっかいってしまうんや」

あれはどうでもいいことだし、気力体力の衰えこそがきたるべき死への恐怖をやわらげる力となるのではないかと思っているぼくは、目前の55歳をあせらずにむかえようと思っています。

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●5月12日(日)ぶなの森のコンサートにいきならんけね。
 am9:00剱岳公民館集合だそうです。

○てんぽに(金津方言)=非常に
○いきならんけね(金津方言)=いきませんか

02年05月05日 日曜日 こどもの日は雨であけたのだった

青息吐息の生活者である私と知ってか知らずか、聞いたこともない会社から「こういういい情報がありますよ。投資しませんか」という嫌味な電話が再三かかってきたり、こどもを含めた自分の家族あてに、いろんなDMが郵送されてくるのをみるにつけ、個人の情報がわけのわからない場所でいろいろ動きまわっているのだろうことを感じる。
ということで個人情報保護法案に思いをめぐらしてしまったのだ。

TVの時代だ。分立した三権以上に権力を持ってしまったように見えるマスコミが、例えば松本サリン事件報道で人権侵害を演じたり、アフガン報道でフリーに札束渡して中枢現場の取材をさせたり、腹が減りゃなんでもうまいのが人間であるはずなのにグルメ(いやな言葉だ)競争で視聴率かせいだりの状況みるにつけ法案提出のバネになったのは、今法案に真っ向から反対しているマスメデイアそのものではなかったのかとおじさんは思ってしまうのだが、ここに城山三郎という気骨の小説家がいて(これもTVで)「法案は官僚の情報ストック裏操作を保証し、逆に言論の自由を制限する。法案成立したならば自由の死碑を建てねばなるまい」といっていた。
国会のように国家戦略に関わる情報などには縁のない地方議会にいる者としても、プライバシーを除く行政ソースの公開に制限があってはならないと思う。TVで内閣審議官小川某は「メデイア取材の制限とは絶対ちがいますねん」と反論していたが、一番大切なものが言論の自由であることを考えると法案はとりあえずは反故にすべきか。

しかしなあ。世の中様ざまな情報の仁義なき取得発信で乱れていると世の大多数は思っているだろう。要するに、悪いことをしようとする輩が増えているのだ。私たちを律するものとしての法(のり)が再び必要とされている時代なのではないか。
善人なおもて往生をとぐ いわんや悪人をやと説いた自称愚禿・親鸞上人は草葉の陰で嘆いておられるぞよ。


02年05月04日 土曜日 示談ではないぞ ジダンだぞ

フランスサッカーの司令塔と呼ばれるジダン。
世界最高のサッカー選手といわれているこの男のおいたちから現在までをTVカメラが追っていた。
プロスポーツの頂点にたつ男に坊ちゃんはいないというのが定説だが、ジダンも又、アルジェリアからの貧しい移民の子だった。街の路地でひがな一日ボールと戯れる少年期のジダンの無心な横顔の映像はとても美しかった。
初老にさしかかったスリランカ住田が、にも関わらずサッカー少年の育成に情熱を傾ける思いの片鱗がわかったような気がする。

TV映像のナレーターをつとめていたキムタクがなかなかよかった。


02年05月04日 土曜日 示談ではないぞ ジダンだぞ

フランスサッカーの司令塔と呼ばれるジダン。
世界最高のサッカー選手といわれているこの男のおいたちから現在までをTVカメラが追っていた。
プロスポーツの頂点にたつ男に坊ちゃんはいないというのが定説だが、ジダンも又、アルジェリアからの貧しい移民の子だった。街の路地でひがな一日ボールと戯れる少年期のジダンの無心な横顔の映像はとても美しかった。
初老にさしかかったスリランカ住田が、にも関わらずサッカー少年の育成に情熱を傾ける思いの片鱗がわかったような気がする。

TV映像のナレーターをつとめていたキムタクがなかなかよかった。

02年05月03日 金曜日 日記風日記

きのう午前10時、三国の現場で打ち合わせ終えたのち陣ケ丘の牧場に寄る。牧場主矢間崎氏(仮名=54歳)と市町村合併の話になった。広域化とはつまるところ流通ブロックの広域化でありユーロ圏・アメリカ圏に対してのアジア圏の動態は今後の中国の動きによるだろうとのこと。我々団塊の世代の老後はどのみち面倒見を期待できない、死ぬまでの自立模索が必要だという。
ウーン、合併を突き詰めて考えれば世界や人生がみえてくる。

午後3時半、鎌谷の神社(というか祠)を見にいく。佐鹿野氏(仮名=48歳)賞見氏(仮名=53歳)、及び引率講師は鎌谷在住の畑先生。
森の小道を歩いて背筋がぴんとした。

午後7時、突然有志の会が召集され、久しぶりにアルコールを少しだけ飲んだ。
「来年の町会議員選挙どうするべ」の話のさなか、手話サークルの会場から「きならんのけの」コール。「木曜日だってこと忘れてた、こっちおいでや、一緒に酒のもうや」と返事し、男女ふたりが事務所来訪。
間須田氏(仮名=54歳)が、教育についてカウンセリングについて人生の価値についての持論をよどみなく展開する。どうも、女性が来るとはりきるみたいやなあと思ったが、それにしても有意義な一日でした。
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注 「きならんのけの」=「いらっしゃらないのですか」・金津方言

02年05月02日 木曜日 時効

阪神が負けた翌日の新聞を読まないのがぼくの原則だけれども、必要あって福井新聞を開いたら「朝日新聞阪神支局襲撃・殺人罪あす時効」とある。
あの事件は衝撃的だった。おおかたのひとが鬱屈した思いを抱いたはずだ。
「おまえの言うことには100%反対だが、おまえが言う権利を持つことについてはこれを100%尊重する」という言論の自由の大原則に対するテロリズムだったわけだけれども、ぼくがわからないのは「時効」の意味である。
どなたか、掲示板に書き込んでいただけませんか。

02年05月01日 水曜日 気分一新

ひやっとするしとしと雨の朝、とりあえず風薫る5月となりました。
ホームページアドレスも変えたことだし、気分一新でやっていこうと思いますが、先はなかなかに暗い。
将来どころかあしたの私の生活はどうなんだろうかと思ったり、子供たちはちゃんと育っていくんだろうかとかの小市民的不安におびえたりするのは、まあ、私状況といえましょう(レベル1)。、
わが町のあそこの溝板が壊れてるぞ、あの路地の街灯がついてないなあとか、町にこんな施設があったらいいなあ、あの施設は無駄やなあ、町財政を好転させるために我々はどうすべきなんだろうかと腕を組むのが小状況かな(レベル2)。
小泉政権下、閣僚官僚議員間のげびたスキャンダルであのひとたちも私らと大して変わらん俗物やがねと嘆いたり、有事立法や景気回復やらに頭を巡らすのを中状況(レベル3)というならば、パレスチナ問題がどうなるのか、米の対テロ作戦は今後どのような展開をみせるのかが勿論大状況です(レベル4)。
ものの本で読んだのですが、我々が住むこの大宇宙は300億年のちには消滅し、その時、時間そのものも消滅してしまうのだそうです。
私の頭をパニックにさせてしまうこのような将来は超状況と呼ぶのが適当でしょう(レベル5)。

町会議員の私は当然、レベル2を中心に時々レベル1を交えてこの日記を書いていこうと思ったしだいです(というかそうしかできませんがね)。
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ホームページアドレスやEメールアドレスを変えるのはなかなかに厄介である。
昨晩それにとりくんだのだが、ホームページのローカルフォルダーにあるHTMLやJPGを新しいサーバーに数時間かけて送り続けていたら途中で接続が切れてしまった。サーバー先に「ホワイ?」の電話をしたら「やり方がまずいことがひとつ。牧田さんのはボリュームが多すぎることがひとつ。削れるものは全部削ってください。」が返事だった。
フランソワーズ真由美からプレゼントされたバンダナ頭に締めて、どしどし削りながら転送したよ。接続が完了したのは午前3時半だった。
外はどしゃ降りだった。