2005年03月

2005/03/31 (木) シベリア イン マイ マインド

昨日の昼、仕事の合間に散歩した。
パリのシャンゼリゼで買ったダーバンのセーター、シドニーで買ったテンガロンハットのいでたちで散歩した。金津大橋にさしかかった。
欄干に手を添えくわえ煙草で竹田川を覗き込むが、いるはずの鴨家族たちの姿がみえない。もう春なのだ。

数千里彼方のふるさと=シベリア大陸ウラジオストックのアムール川あたりへ帰省したのだろう。
日本海・オホーツク海を縦断する帰省の旅は、風雪に耐える命がけの旅でもあったはずだ。雷にあったかもしれない。猛禽類に襲われる可能性も当然ある。鳥ヘルペスなどの伝染病にかからないとは限らない。
ともかく無事帰省したことを祈っている。来年の冬の再会を確信している。

というようなことを考えているうち、数年前我が家にホームステイしたウラジスオトックの少女たちと土産のウオッカを思い出してしまった。
人間にしろ鴨にしろ日露友好は大切なのだ。

ところで、あまり大きな声では言えないが、ぼくは「金津大橋」をひそかに「カモノハシ」と呼んでいる。


2005/03/30 (水) 人事異動

♪雪が溶けて川になって流れていきます・・・という当たり前のことを唄ったヒット曲「もうすぐ春ですね」で一世を風靡したのはキャンデーズだった。
キャンデーズは引退したけれども、春先の竹田川河畔にいずかった昨日、ぼくはこの唄をくちずさんでいた。

春先は、人事異動の季節である。企業に入った友人のうちの何人かは定年がみえてきた現在でも家に妻子を残し、単身であちこちをまわっている。そういう経験の一切ないぼくは(うーん、議員としての立場でいうと6月19日が人事異動か。・・・いや、これは人事つかみあいというべきかもしれないなあ)彼らを大変だろうと思うけれども、半ばうらやましくもある。


2005/03/29 (火) 深夜にポタージュを飲みながら

ぼくは花乃杜1丁目に住んでいる。昨夕は、花乃杜3丁目に居た。高齢のひとから、福祉バスのダイヤ改正・弾力的運用を望む思いを聞いていた。
4丁目は坂の上にあり、運転免許を持たない高齢者にとって自転車も使えないし、病院やスーパーに行くのは確かに困難だ。

花乃杜といえば
蛇足ながら、花乃杜だの春宮だのといった新住居表示は今だになじめないなあ。旧表示と比べて場所を特定するのに時間がかかる。
1丁目のひとつがここ旧表示名・坂ノ下で、それは坂の下に集落があるからだ。集落名の由来はなんともシンプルで、固有名詞の原点はすべからくこのようなものであったはずだ。もともとは細呂木口と呼ばれていたが、江戸期に入って坂ノ下と改名された。その時点から数百年の歴史を背負い、既にその名には地霊が宿っているのである。
・・・てなことを、新住居表示制度スタート直前、FM放送でしゃべったことがある。


2005/03/28 (月) 昨日の日曜日

夕刻、東金津地区知り合い宅の何件かを訪ねた。いわば議会報告行脚である。
Aさんから、「議会も年寄ばかりではあかん。若いもんが必要やね」と言われた。
56歳のぼくは若いのだろうか年寄なのだろうか。どちらにみられるかによって前述の言葉の言わんとする方向が逆転するぞと思いつつの帰途、元手話サークル会員宅を訪問し、四方山話で昔をなつかしんだ。

夕食後は風呂場建具ノブの取替。昨日は日曜日だったので日曜大工をしていたことになる。
作業を終えてから入浴。アタマのてっぺんから足指のさきまでを入念に洗った。全身鏡でみるぼくの裸体は十分引きしまっている。うん、Aさんの目にわたしは若く映ったのだろう。

いつのまにか就寝。目が覚めたら午前3時だ。
1週間が始まった。頑張ろう。

○本日の福井新聞に
「・・・県民による二酸化炭素排出量が、全世界の一万分の四に当たるとして「ローカルで取り組んでも、それだけのパワーを持っている」・・・」という知事の話が載っている。
「一万分の四」はそらおそろしい数字だ。循環経済に近づけるために個々人レベルでの生活見なおしは当然必要なのだろうが、二酸化炭素吸収酸素排出のエースは植物だ。
ぼくたちはきれいな花々を愛し雑草を毛嫌いする傾向があるが、これも人類のおごりではないか。雑草をそのままにしておくことも二酸化炭素排出押さえにつながるのではないかと思うのである。


2005/03/27 (日) 昨晩

使いやすさではデスクトップパソコンだが持ち運びできる手軽さではノートパソコンだ。肌寒かった昨晩、無線LANでデスクトップに繋いだノートを炬燵に持って行きキーボードを叩いていた午後7時半、「電気がついているのがみえたので」と、友人来訪。

何度も中国に行っているひとだ。昨今の中国事情を聞くことから話は始まった。インフラ整備にしろなににしろ中国という国はどどっどっと直線的に動く国だという。そういう特徴は北京五輪を控えて一層加速されていることを、知り合いの鉄工所親父から聞いたことがある。一党独裁の国は動きが効率的なのだが、しかし同時にその意味で腰が弱いのではないだろうか。

午後10時半、友人を見送ったあと再び炬燵にもぐりこんだ。
うとうとするぼくのアタマを童謡「雪やこんこんあられやこんこん・・・・犬は喜び庭かけめぐり猫は炬燵でまるくなる・・」がかすめる。
同じ哺乳類同じ定温動物でありながら、犬と猫は何故こうもちがうのだろうかよくわからない。
わからないままに眠り込んでしまった。


2005/03/26 (土) いろいろあった昨日

・近所のひとから、市営共同墓地のことを聞かれたので、担当課に行っていろいろ聞いた。聞きながらいろんなことを思っていた。
ぼくは墓に入りたくない。沖永良部島(思い出の場所)と三国のサンセットビーチ(思い出の場所)に半分ずつ散骨してほしい。

・昼は福井市の片町にいてクライアントと打ち合わせ。改修工事の話だ。
例によって新築の話は随分少なくなってきている。


・そのあと某建築設計事務所へ。
市役所(あわら市役所ではないよ)からかかってきた職員の構造設計に関する問いに答える。
職員は「法がこうなっています」と頑強に言う。聞きながらぼくは思った。
日本は法治国家だ。法が大切なのはいうまでもない。しかし職員に知っていてほしいのは法の条文そのものではなくて、法を裏打ちする法哲学なのだ。つまり何故そういう法ができているかということやね。そのアフターフォローの言葉がなければ市職員=単なる法条例文章でしかなく、弾力的な対応ができなくなってしまう。
てなことを思わず早口で言ってしまった。

・夕刻の帰路、あわら市内の某居酒屋へ。
ひとり静かに焼酎を飲んでいるうち、知っているひとたちがどしどし入ってきた。臨席に座った老齢のかたから、二町合併に関する経過をいろいろ質問された。
「牧田はん。大切なのはしゃべることではないぞ。書くことや。書くことは残ることや。わたしは、あなたの通信誌をちゃんとファイルしてるぞ」と言われ、ぼくはたいそう恐縮してしまった。

・自宅への帰り道、某工務店にて打ち合わせをこなす。

・自宅に帰るや否や疲れがどっと出て熟睡。しかし、午前一時半、突然の電話で起こされる。京都宇治の娘宅から帰ってきた妻の車が雪道でスリップし電信柱と歩道ガッターブロックにはさまれ動けなくなってしまったという非常事態発生コールだ。
現場に急行し妻を連れて帰宅し、今朝6時再び現場に直行した。車にジャッキをかませての試行錯誤中、通りかかった知り合いのひとが手際よく資材を持ってきてくださり、車は無事路上に出た。
平身低頭して礼を言うぼくに対する返事は「6月市議選頑張ってくださいよ。応援してますよ」だった。妻は「あのひとが神様にみえた」と言う。
Sさん、本当にありがとうございました。


2005/03/25 (金) 寒い夜

開幕近し
オープン戦のデイゲームで滅多打ちされたエース井川の調子が気になる。

さて、阪神ではなくて西武のことである。
昨日の夕食時に、「西武の堤氏が一億円の保釈金を積んで保釈された」というTVニュースが流れた。この保釈金の意味が結局ぼくにはわからない。勿論保釈が罪の軽減につながるわけではないのだが、拘置という精神的負担を逃れ得るのは金持ち種族だけということになる。「法のもとでの万民平等」という大原則が損なわれているのではないか。

というようなことを考えながら夜の町を歩いていたら、手話サークルから「おいでおいで」携帯コールが入ったので、とりあえず市姫荘へ。

しばらくの間、6月市議選の話をしていた。
あるひと(某高校教師)が「牧田さん、これ読んだらいいよ」とカバンの中から一冊の本を差し出した。
「題・3分以内に話はまとめなさい 副題・長い話はきらわれる」(かんき出版)とある。
キャッチコピーの世の中だ。某国の宰相も話をアフタフォローするタイプではない。時間をみつけてじっくり読むつもりです。


2005/02/24 (木) 火事

  
昨日の夕方、事務所の前を何台かの消防車がサイレンをならして走った。
外へ出てみると、金津小学校のあたりから黒煙があがっている。匂いも鼻につき始めてきた。近くに友人の家もあるので気になり、現場へ行ってみた。

既に赤い炎が屋根を突き抜けて上がっている。火事は泥棒と違って全てを持ち去っていく。恐ろしい。
結局、延焼せずに鎮火したのは不幸中の幸いだった。怪我人の出なかったことは、不幸中の幸いだった。

○有志議員三人で昼食を楽しんだ。場所は丸岡町。
ギョーザを食べた。本来ならば大ジョッキーを飲みたいところである。熱燗を飲みたいところである。しかし飲んだら飲酒運転になる。
そういうことでウーロン茶を飲んだ。それでも、ギョーザ・から揚げ・焼きそば・焼き飯はなかなかおいしかった。


2005/03/23 (水) 本日は環境対策特別委員会

高齢者社会である。アルツハイマーとか認知症とかの医学的特徴を詳しく知りたくなった。元看護士・現職看護士と三人が集まり、ぼくはふたりから話を聞いていた。

話に疲れ、話題が食べ物の方向にそれた。
「ぼくは無類の麺類好きや、名古屋へ行った時は必ずキシメンを食べる」というぼくに、ひとりから「病院でサナダムシを取り出したことがあります。それ以来どうしてもキシメンを食べることができない」との答が返ってきた。
「この世で一番うまいもののひとつが、ダダミのおつゆやね」というぼくに、もうひとりから「あれは脳そのものです。とっても食べる気にならない。ノウサンキューです」との答が返ってきた。

就いている職業によって食べることが苦手になってしまうものは、この世に沢山あるのだろうと思う。


2005/03/22 (火) さあ頑張ろう

昨日、高校を卒業した次男が都会地へと旅立った。
これで、親として三人のこども達に対する一応の義務を果たしたことになる。ほっとした。


いい悪いの定義はむつかしいけれども、少なくともいい父親ではなかったと思う。こども達が幼かった頃は一緒によく遊んだものだが、長じてからはほったらかし父親になった。
幼小中でPTAの会長をしていた頃は何かにつけ保護者たちの前で壇上挨拶というものをしていた。その状況を尻目にした妻から「だから男社会というのはおかしいんや。そんな暇あったらいつでも子供たちと接触しているのが、本来の父親像でしょう」と言われたのを覚えている。


子育てに限らず、例えばぼくがよく知っている建築職人の世界でも、あるいは農作業の世界でもそうだ。「黙々と働く」ことが世界の構成要素なのである。
巧言令色少仁  なのである。

○通信を読んでくれた未知のひとから、「ある場所に、ゴミが不法投棄されている」という電話を頂き、本日その電話主とともに現場をみてきた。
「ゴミ不法投棄が即汚染を誘発するのではない。土中に浸潤した汚濁成分が、長い時間をかけて用水などに入り込み環境を汚していく。ロングスパンで監視することが大切なんや」というそのひとの言葉がとても印象的だった。
そうなのだ。我々は時代の便利さにかまけてそのツケを後世のひとたちにまわしてはならないのである。

2005/03/20 (日) 10年前

地下鉄サリン事件から10年が経った。TVで圧倒的な量の報道を連日見せられ、この国は一体どうなるんだろうか、と思ったものだ。カリスマ・松本被告は黙秘を続け、裁判の終結はまだまだ先のことになるという。
村上春樹の「アンダーグラウンド」など事件関係の本を数冊読んだけれども、例えば貿易センタービル9・11テロなどと比べると背景のわかりにくい部分が随分とある。

当日の朝ラジオで事件の第一報を聞いたぼくは、すぐに東京在住の妹に電話した。旦那が霞ヶ関駅への通勤者だったので安否を確かめるためだ。なかなか連絡がつかずやっとついたのは午前10時半過ぎだったが、その時妹は事件そのものを知らなかった。結局サリンのまかれた電車とは5分違いの電車に乗っていて無事だったことがあとでわかった。
日本は電波社会である。事件現場の近くにいる者よりも、速報ニュースによって全国津々浦々のひとたちのほうが情報をよりはやく聞くということがいくらでもありうる。
その2ヶ月前に発生した阪神淡路大震災の場合などは、当該地域のインフラが壊され情報が遮断され、ぼくら遠方にいるものがTVラジオで刻々の情報を聞いていたのではないか、と思う。


2005/03/19 (土) ちょっと思ったこと

昨日・一昨日と、電話及びインターネットへの接続不能状態が二日間続いたが、今朝無事に復旧した。

昨日は定例議会最終日。沢山の議案・請願・陳情・意見書の採択不採択が決定した。「通信」にも詳述する予定です。

それはともかくとして、今回の議会でぼくはいろいろな「うーん」を感じた。
例えば委員会で議案等の審議をするばあい、委員には賛否両方の意見がある。それはひとりひとり違う人間なのだから当然なのだが、思いの枝葉は審議の過程で千路の方向に分かれる。同じ賛成・同じ反対でも、その理由が一律とは限らない。逆の理由だけれども賛否の方向は同じということも在り得る。
しかし採決の時は、「起つ」か「起たない」かだけだ。十把ひとからげというわけである。

2005/03/16 (水) 昨日の委員会

昨日の午前中は、金津幼稚園・金津小学校の卒業式に出席。
午後は、教育厚生常任委員会が開かれた。
担当課は、「社会福祉課」「健康長寿課」「雲雀ケ丘寮」。

「社会福祉課」。
子育て支援事業あるいは放課後児童クラブ事業に関する質疑のさなか、「子育ては本来母親が家でしなくてはならない」という意見が委員からでたけれども、それはステレオタイプな言い方だろう。
ぼくが子供であった昭和30年代、どこの親も戦後の経済復興に追われ子供などほったらかしだったのではないか。だけれども、地域の力というものがあった。学校から帰れば、日の暮れるまで徒党を組んで遊びまわり、遊びのなかで年長者から諸々を教えてもらうのが日課だった。
社会情勢の変化で、そのような受け皿が消えてしまった現在、上記の事業の充実は不可欠だと思うのである。


2005/03/15 (火) 委員会

 
昨日は、教育厚生常任委員会が開かれた。
担当課は「教育総務課」「文化学習課」「スポーツ課」で、午前9時半に始まり午後5時前に終わった。

平成16年度補正予算及び平成17年度会計予算が審議の対象であり、添付資料としては、

教育総務課
1 幼稚園児・小学校児童・中学校一覧表について
2 平成17年度小学校主要工事について
3 芦原中学校グラウンド改修工事について
4 金津中学校グラウンド改修工事について
文化学習課
5 平成17年度文化学習課主要事業計画について
スポーツ課
6 平成17年度あわら市社会体育事業計画について
7 あわら市金津BG海洋センタープール修繕事業について
があった。

主な質疑としては
・旧金津地区の幼児園化について
・吉崎小卒業生が加賀市内の中学校へ進学している現状について
・三位一体改革による教育予算の前年度との比較
・本年度の成人式が荒れたことについて
・合併後一年を経ての図書館利用の動向はどうか
・金津小学校防災調査業務委託について
・学校関係事務備品調達の充足度について
・遠方よりの中学校への通学代補助について
・給食自校方式(旧金津町)と給食センター方式(旧芦原町)とのコスト比
 較について・・エトセトラ。

○委員会終了後は、控え室で有志議員による四方山話。
時節がら選挙という現実的な話になった。「誰某は通るだろう、誰某は落ちるだろう」ということの根拠についてみんないろんな情報を持っている。
でも大切なことはヘイゼイコウジョ(漢字は知らない)であって、結果は結果でしかないとぼくは思う。

帰宅してから布団に入り就寝。携帯コールで10時過ぎに目が覚めた。
寝ている間に4件コールが入っていた。「やっぱり普通の時間帯での就寝でないとダメかなあ」と思いながら事務所に戻り、熱々珈琲をつくり、こうしてキーボードを叩いている。

昨晩は、TV「地球生き物紀行」をみていた。
エチオピアの海抜4000mの崖っぷちで家族生活を営むヒヒたちが主人公だ。
高山故に豊かな食料など皆無だ。枯れかかっているような雑草をかじりわずかに在る炭水化物を腹に入れるのが日々の食生活だとナレーターが説明する。なんとつつましい安息の日々ではないか。
「獣のようなひと」という人格否定形容語があるが、獣にとっては、はた迷惑な形容語である。同じ種を差別したり、だましたり、詐欺にかけたり、貧富を助長したりするのは人間以外には考えられないのである。


2005/03/14 (月) 無題

日曜日なので掃除をしていた時、棚の隅に寺山修司の文庫本をみつけた。
   あなたに

書物のなかに 海がある
心はいつも 航海をゆるされる

書物のなかに 草原がある
心はいつも 旅情をたしかめる

書物のなかに 町がある
心はいつも 出会いを待っている

人生はしばしば
書物の外で すばらしいひびきをたてて
くずれるだろう

だがもう一度
やり直すために
書物のなかの 家路を帰る

書物は
家なき子の家
        寺山修司「五月の詩」

確か48歳で夭折したこのひとはレトリックの名人だったと思うけれども、こんなに素直な詩も書いている。


2005/03/13 (日) 小寒波襲来

新聞の社会面をみると「○○差別を考えるフォーラム」という記事を時々見かける。そして、そういう会の主催は県あるいは県関連団体に多い。

ということで、先日の県の職員との会話を思い出した。
相手の話に、「我々県職員のほうが、市町村自治体職員より上や」という雰囲気が漂うのである。
確かに市町村自治体への補助金交付を担当したり、施策の指導をしたりするのは県なのだから、市町村の上層機関であると制度上はいえる。けれどもそれはただそれだけのことであるはずなのに、だから県職員のほうが作製する文章がより緻密で云々・・という方向に話が流れるのを聞いていた時にぼくは思ったよ。

「ひとがひとを差別するのはいけない」というのは自明の理であるけれども、差別を「ひとを見下すこと」というふうに定義するならば、そのあたりの微妙な差別感は「・・はいけない」という主張をリードする立場にいる人間のほうに、より多く内在しているのでなかろうか。

新札がでてきて、「天は人の上に人をつくらず 人の下に人をつくらず」と言った福沢諭吉が姿を消しつつある昨今、そういうことを考えた。


2005/03/12 (土) 昨日の午後

旧芦原町のある地域をポステイングしたあと、竹田川河畔に降りて一服。鴨家族の泳ぎを眺めていたら同僚議員より携帯コールが入った。
「さっき、すれちがったの牧田はんやろ。お互いがんばろうなあ」の相互的応援コールだった。

手話のことで社協へ寄ったあと、金津庁舎へ。

ロビーで献血の受付をしていたので、申し込んだ。
係員の、「イギリスへ行ったことがありますか?」の質問に「勿論ないですよ」と答えた。(もうダーバンだのニナリッチだのの名前しか知らないブランド名をこの日記に書くのをやめておこう)
「400ml献血でかまわないですか?」の問いに、横に座っているひとが、「牧田さんからは、800ml採ってください」と言う。・・・死んでまうぜ。

献血終え体調を整えてから芦原庁舎へ。担当課で、気になっていることふたつ(中学校問題・地盤定点観測問題)についていろいろ聞きしゃべった。

帰路、挨拶がてら知人宅へ。「まあ入んねの」で宅内へ。
「学校の統合はあかんざ。教育を金の問題で片付けたらあかんのや」と言う。たしかに「アンケート」でも統合反対が多いことを実感している。


帰宅し、仕事を始めたら知らないひとから電話が入った。
「配布されてた通信読んで、電話しましたんや。・・・中略・・・旧金津町内で不法投棄されている可能性のある場所があります」と、言う。詳しいことを聞き、「今度一緒に見にいきましょうよ」と答えた。

○本日の午前中は三国町で知人夫妻と話していた。
「国の話やけど、老人に対する予算がこども達の教育に対する予算の十数倍やぞ。老人は皆選挙権持ってるけど、こども達は選挙権を持っていない。勢い議員達は老人の顔色を伺うことになる。勿論老人を大切にはしなあかんけど、しかしもっとバランスをとるべきや。」とまあ、そういう意見を拝聴していた。


2005/03/11 (金) きょうは金中卒業式

酒に酔ったいきおいでの路上強制わいせつの男。捕らえてみれば衆議院議員で、被害者も周囲もさぞ唖然としたことだろう。
派閥長の亀井静香を始めとした自民党首脳の苦虫つぶした顔顔のTV画面をみながら、酒とはなんぞやを考えた。
「自分でも信じられないことをしてしまい反省している」と言う供述から思うに、しらふのときの本人は理性のかたまりなのかもしれないが、それならば「信じられないことをするかもわからない自分自身の可能性」を想像することも理性の引き出しに入れておくべきではなかったかと、ちょっと不思議な気がする。

酒には気をリラックスさせる効用があり、例えば日頃無口なわたしでも酒を口にすることで多少は饒舌になる。
そしてそのような時、妻が「しらふの時言えないことを、酔った勢いで言う人をわたしは信じないんや」と日頃言うことを常に思い出す。
酒で陽気になったり陰気になったり無口になったり饒舌になったりするのはそのひとそのひとの上戸のカタチであってどうでもいいことだけれども、言うこと自体が変わるのではどもならん、とぼくも思う。

江戸初期の剣豪・宮本武蔵は「五輪書」を書き、剣禅一如を説いた。剣に道があるのだから、酒にも酒道というものがあるだろう。
酒道を36年間歩んできた56歳のわたしとしても、酒○一如を言いたいのだが、語彙の貧弱なわたしには、○に該当する一語を思いつくことができない。
誰か考えてください。


2005/03/10 (木) 春の気配

手書きにしろ活字にしろ日本語は縦書きが原則であるにもかかわらず、パソコン文字は全て横書きであることが、ぼくには昔から不思議だった。
恐らく、基本ソフトがABC圏のひとの発明によるものだからなのだろう。

阿久悠の随筆を読んでいたら、「自分のHPを縦書きにしている。横書きだと頭が横に動くので否定されている気分になるが、縦書きだと頭が縦に動くので肯定されている気分になるので云々・・」と書いてあった。

わたしのような素人に縦書きHPの作製は無理だからこのままで構わないとして、しかしプロというのは気の利いたせりふをはくものだ。
○卒業式のシーズンである。ということは上級学校に進む子ども達にとって受験の結果をつきつけられ、合格による笑顔と不合格による落涙が交錯する季節である。
うーん、そういえばわたしも二年前に娘の落涙をみたなあ。

わたしのばあさんは文盲(こんな言葉、今は死語か?)だった。そのことでしゃばに対して怨念をもっていた。「孝男、読み書きと算盤だけはできるようにならんとあかんぞ。でないとみんなから馬鹿にされるぞ」が、孫のわたしに対する口癖だった。
確かに、釣銭をごまかされないようにするためには算盤の知識が不可欠だ。基本的に暴力が否定されている現代社会における武器は「しゃべり」であり、「しゃべり」に整合性を与える為には「読み書き」が不可欠だろう。
その意味で教育は大切だ。
ただし、そういう能力は、たかが一回きりのペ-パーテストで計ることなどできるんかね?できるはずないじゃないか、とわたしはいつも思うのである。

仮に合格者を「勝者」・不合格者を「敗者」とするならば、当然のことながら「勝者」に花束はいらない。「敗者」こそが、挫折感という数年後にわかる人生でもっとも大切な何かを手に入れることができた、とわたしは思うのである。


2005/03/09 (水) 深夜にポタージュを飲みながら

昨夕、青色申告提出書類作製に疲れたぼくは事務を中断し化粧室に入った。鏡でエンジ柄のネクタイを選び、セーターをスーツに着替えた。ワゴン車に乗り込み、三国の海岸を走った。CDをルイ・アームストロングにセットした。松林を駆け抜けるぼくの耳に「♪モナリザ」がこころよい。

帰路、某スーパーマーケット駐車場に降りた。友人が貸してくれた15アンペアのスピーカーを肩にかけ、マイクを手にした。「お買い物中のみなさまあー。ただ今マイクの試験中でーすー」と声を出してみた。町内スーパー駐車場・三箇所でマイクを試験した。
「薔薇が咲いた」と歌ったわけではないが、ひとはわたしのことを「マイク・マキ」と呼ぶかもしれない。

帰宅し、アジフライをさかなに「すだち焼酎」を飲んだ。疲れがどっと出て、知らぬ間に炬燵で熟睡。眼が覚めたら午前零時だ。傍らに置いてあった本・リービ英雄の「最後の国境の旅」を読む。
例えば椎名誠などと比べると行って帰る程違う文体だが、彼らの秀逸な旅本のおかげで、どこへ行くこともなくいろんな場所を味わうことができる。
図書館のおかげだ。


2005/03/08 (火) 昨日の議会

昨日は議会初日。
午前9時半に始まり午後5時に終わった。あいさつ・諸般の報告・行政報告に続いては上程議案の説明。
第1号から第33号まで沢山ある。これをキーボードで書き込むのは大変だ。スキャンしようと思ったが、スキャナーが故障している。一両日中になんとかアップします。
なお請願第4号として「危険物製造所設置計画の中止を求める請願」がでており、陳情第3号として「㈱アグリ伸輝の事業停止と早期撤退を求める陳情」がでている。
上記の議案・請願・陳情は議会開会期間中に、付託された各々の委員会にて審議される。

一般質問者は9人。
新幹線関連での理事者側との質疑応答に、いろいろ考えさせられる点があった。閉会後、庁舎を出るときに、土木部長とばったり会ったので、詳しいことをいろいろ聞いた。後日コンテンツに書き込む予定。
最後の質問者・宮下議員の「環境問題は永遠のテーマである」ことを訴える熱弁が特に印象に残った。


2005/03/07 (月) きょうは議会

昨日の朝は、久し振りにTV「サンデー・プロジェクト」を観ていた。
メインテーマは「ライブドアVSニッポン放送」及び「堤王国の崩壊」だった。
傍らで玉葱をトントンときざんでいた妻(推定年齢46歳)が「ライブドアのことどう思う?」とぼくに聞く。「TV観る癖ないのでどうでもよかばってん」と答えたら「ちがうんや。ライブドアはインターネット世界を広めようとしてる。顔のみえん相手と交信するなんて恐ろしいことやざ」と続ける。
「そうやなあ」と生返事しながら、しかしぼくの興味は「堤王国の崩壊」の画面に入り込んでいた。

株の話である。日本で初めての株式会社「亀山社中」を長崎につくり「海援隊」に発展させたのは土佐藩郷士・坂本龍馬だ。

一年程前、堤義明の弟・清二が書いた堤家の内幕暴露本を読んだことがある。
金・権力・色欲という、わたしなんぞにはとんと関係のない三点セットを軸に彼らの父親は堤王国をつくりあげ、後継者に義明を指名した。
学生あがりの義明は、その時点で巨万の富を手にしてしまったのである。
そもそもが株式会社とは、沢山の株主に支えられているものであり、社長と株主たちの関係は透明なものであるはずなのにそれを押さえた義明の姿勢は、人生の出発点で既に富を背負ってしまったという不幸からくるものだろう。
義明と有力国会議員との密接な関係は世間に流布しているが、贈賄などは決してしなかったらしい。しかし時の総理達から情報を引き出すことには長けていたという。
今回露呈した違法性を国の管理者・例えば国税局などは先刻承知だったと、サンデープロジェクトは言っていたが、ならば国の指導者たちはみんな腐っているということになる。

生まれながらの人間はちょぼちょぼのはずだ。出世階段を登っていくひとたちは、一段登るごとに「ひととしての当たり前の感性」をひとつずつ削っているのではないかと、ぼくは思うのである。

○沢山のひとが見ているので間違いのないように!というメールが入っていた。謝謝。
以下、全文紹介

「堤 清二氏は義明の弟ではなく異母兄です
辻井 喬のペン・ネームを持つ作家でもあります
東大に在学中 共産党に入党
親父の逆鱗に触れています」


2005/03/06 (日) ♪賀茂の河原に千鳥が騒ぐ・・ 

昨晩は、週末ということで浅田次郎著・「輪違屋糸里」を読んでいた。
前巻を読み終えた。
糸里は、幕末に若狭小浜から京・島原に売られた遊女で、つまり糸里に代表される島原の女性達と新撰組の面々との交情が小説のモチーフとなっている。
ちょっと驚いたのは、局長・芹沢鴨に対する見立てが、司馬遼太郎のそれと相当違うことだった。
司馬小説のなかに出てくる芹沢鴨は大酒飲みの乱暴狼藉者としてもうひとりの局長・近藤勇の謹厳実直と対比させられている。
しかし浅田小説のなかでの芹沢の異常な行動は実は京都守護会津藩の密命を受けたものであり、京雀の非難を甘受するスケープゴートの役割を自ら選び、勿論弁明をせず、事実を胸のなかにたたんでいたという、いわば「武士のなかの武士」として描かれている。

うーん、「男は黙って○○ビール」といった風情でかっこいいのだが、実在した人物なので、どっちかが本当なのだろう。いや、どっちも本当なのかもしれない。ピュアな人間なんていやせんというリアリズムからいえば後者のような気がする。


2005/03/05 (土) 弥生三月小寒波

午前3時に目が覚めた。外が明るく感じられた。窓を開けると雪が降っている。屋根波は真っ白だ。コタツを窓際にずらしノートパソコンを開いた。
画面読取キーボード操作に支障はない。
「蛍の光 窓の雪」の格言は本当だと思った。

○昨日、福井市役所5階で打ち合わせをしていた時のこと。
突然、館内放送が流れ始めた。「ヤカシイなあ」と思いつつ聞くともなしに聞こえてくる放送は「福井市議会・定例会議」の実況中継だった。
(例外も勿論あるが)一般的に言って自治体職員の応答は、議員と違って静かである、紳士的である。
よって対応する職員の声を聞くのに集中力を必要とした。

本会議の時間帯に、ぼくら議員は当然本会議場に居る。よって、館内に流れる放送を体感したことがない。アタマではその実況がリアルタイムで館内に流れることこそ公開の原則に基づくものであり大切なことだと思っているのだが、しかし単に「ヤカシイ」と思うひとも沢山いなさると思う。
この背理を解く処方箋はCATV網完備の早期実現にあると、ぼくは思うのだが・・。


2005/03/04 (金)  もう週末か

東山地区を歩いていて、紅梅に出会った。春が近いのだ。
わたくしあなたうめ ももさくら声たてて言えば
     胸あたたまる 日本の言葉   信夫 澄子



なのである。

○あんまり個人名は出したくないのだけれど・・・
CADに向かいながら国会中継を聞いていた。
麻生太郎大臣が答弁者として頻繁に質問者に答えている。
国の役人から聴いたことだが、ぼくはこのひとがある会合で某元国会議員を「被差別部落」出身ということだけで非難中傷した事実を知っている。
吉田元総理の孫といった毛並みのよさとかアタマのよさとかが人間本来のありうべき姿とに何の相関関係もないことが、このことでも実証されている。

2005/03/03 (木) 肌寒い朝

一昨日の全協で「CATV網の2期3期進捗が遅れ気味になるかもしれない」という説明が理事者側からあった。全国沢山の自治体から補助申請の申し込みが国に対して出され、国としてはまだ手着かずの自治体への補助を優先したいという見解が出されたからだそうである。
他の議員から「公共下水道整備の問題もしかりだ。同じ税金払っているのに、結局、中心部の整備が先になって周辺部は後手後手に回ってしまう」という意見がでた。
確かに民間と行政は違う。インフラ整備は人口密集地のほうがコストを押さえることができるという論理だけで進んでいったら、公の概念が消え失せてしまう。問題は上記のような巨費を必要とする事業が国の補助に頼らざるを得ない点にある。行政長の手腕が補助金取り込み力にあるということも、一面ではあたっているだろう。それを強調すると地方分権って何や?ということになるのだが・・・。
ところで、ぼくは合併するまで旧芦原町に農業集落排水事業の制度がないことを知らなかった。

2005/03/02 (水) 日程

第7回あわら市議会定例会会期の日程です
3月7日(月) 本会議 9時30分開会 会期決定・議案上程・
               提案理由説明・委員会附託 一般質問
  8日(火) 本会議       9時30分開会 一般質問
  9日(水) 産業建設常任委員会 9時30分開会
 10日(木) 総務常任委員会    9時30分開会
 11日(金) 産業建設委員会   13時30分開会
 12日(土) 休会
 13日(日) 休会
 14日(月) 総務常任委員会   13時30分開会
 15日(火) 教育厚生常任委員会 9時30分開会
 16日(水) 教育厚生常任委員会13時30分開会
 17日(木) 予備日(午前中)議会運営委員会 13時30分開会
 18日(金) 全員協議会      13時30分開会
        本会議          15時30分開会  
               委員長報告・質疑・討論・採決・閉会

○全協で説明を受けた資料について
・あわら男女共同参画プラン(案)の概要
沢山の議員から賛否双方の質問がでた。現代の社会が男社会であることは事実だしそれは差別社会の一断面だとは思う。ただ男性と女性は感性において微妙に違う部分があるとよく聞く。。
そうすると現在の議会のように男が圧倒的に多い場でだけ話をしていても、アンテナのはった女性にはトンチンカンにうつる意見もあったはずだ。
意識的な差別偏見は、意識的に努力すれば是正が可能だろう。しかし無意識の差別は、当事者からの指摘をうけないと是正不可能だ。つまり、日頃女性に耳を傾ける姿勢が大事だし、その積み重ねでみえてくる部分が多いと思う。


・福井工大とあわら市との相互協力協定項目(案)
例のモーターボート施設建設のことで、旧芦原町住民と工大との間にはぎくしゃくした気分がある(はずだ)。当然のことながらそれを懸念する旧芦原町議員からの、慎重にという意見が相次いだ。


○受付締切当日、議会事務局に行き一般質問をしようかどうか迷った結果、今回は見送った。あわら市議会は委員会中心主義を採用している。ということは実質審議の場は附託された委員会にあり、今思っていることについてそこで十分討議できることになる。
時間のとれる方は委員会傍聴にどんどんきなさったらいいと思う。
委員会審議の枠を超えたものが一般質問というかたちになるのかな。

○これを書いているさなか、議会事務局から「金津中学校グラウンドネットの一部分が燃えた」との電話。新聞には「不審火か?」と出ていた。
現場へ行ってみた。なんともやりきれない。


2005/03/01 (火) きょうは全協 

きょうの午前中は、全協(全員協議会)が開かれる。

○きのう来訪したひとから聞いた話。
娘さんの携帯に、知らない男から何度も何度もわけのわからない電話が入ってきて親子共に混乱した。警察に届け対応してもらった結果、いわゆるストーカーの仕業であることがわかり、以後連絡はなくなったそうだ。
「何故知らない男が娘の携帯番号をキャッチしたのかはよくわからないけれども・・・」のあと
「一般的に言って、例えば都会の場合だと郵便箱は全てロックされている。けれどこのあたりの場合はロックされていない。箱から個人情報が盗まれる可能性があると思う」と、続けて言う。

嫌なことだけれども、周りが善意のひとだけという牧歌的な時代は既に終わっているのだろう。
皆さん、郵便箱に鍵をつけたほうがいいと思いますよ。

3月1日を境にアンケートスタイルをバージョンアップしました。
1週間程載せていた旧アンケートの結果は

・中学校は統合すべき          8票
・中学校は統合すべきでない      8票
・新幹線はきたほうがよい        5票
・新幹線はこなくてよい          6票
・旧金津は幼児園とすべき       6票
・旧金津は幼児園とすべきではない 1票
以上です。
本当はこの数字を上乗せしてスタートしたかったのですが、管理者である私も数字を操作することができないので、一応の参考数値としておきます。
新アンケートスタイルはエンドレスとするつもりです。
興味のある項目を自由に追加してください。
コメントを添えることもできます。