2005年08月

05/08/30 (火) ちょっと選管みたいだが

衆院選公示だ。
納税が最大の義務ならば、投票は最大の権利だ。
義理人情で決めるのでもなく、頼まれたから入れるのでもなく、大勢を見渡すのでもなく、個人の自由な意思の行使としての投票であるべきだと思います。
〇午前中、久しぶりに加賀へ行った。山際を車で走り、田圃道に車を停めた。煙草を燻らしながら数日前を反芻した。

数日前、「貴方の高校時代の友人の○○さんが、脳出血で倒れた。リハビリでやや回復し、貴方に会いたがっているから来てほしい」という電話が、〇〇の恋人から入った。翌日、〇〇の元の妻から携帯に電話が入り、そのさなか本人が固定電話をかけてきた。
三者三様にトーンが違うので、ぼくの頭はパニックになってしまった。
しかし、ぼく達の年齢になれば、倒れることが、ママあることだけはわかった。
とりあえず、行ってこようと思う。


05/08/29 (月) あやしくない探検隊

知る人ぞ知る、というかメンバー以外は誰も知らない「こせじ」という名のグループがある。郷土の神仏石碑をフィールドワークするこの小さなグループが、7年間の惰眠むさぼりを経て、昨日、その活動を再開した。
昨日の参加メンバーは50代男性5名。行き先は東山で、その地の神明神社で我々を待っていてくださったのは御歳81歳の石田先生である。
神社御堂内に安置された幾つかの神仏(神仏習合でいずれかさだかならぬものが多い)についての説明を受けたあと、石田先生運転軽トラの荷台に乗りこんだ我々は、中山間地をごとごとと走った。

沢の堤・七曲の堤や称念寺跡地を探検したあと、川上(丸岡町地係り)の堤まで足を伸ばした。


謝辞を述べ石田先生と別れたあと、我々は豊原寺跡地へと向かった。


平泉寺六千坊・豊原寺三千坊というのだから、織田信長によって滅ばされるまでの間、往時は随分と栄えたのだろう。悪僧・「東尋坊」は平泉寺の坊主だったのだから、豊原寺にも生臭坊主が沢山いたのだろう。

豊原寺跡地に別れを告げた我々は、途中、女形谷インターレストランで昼飯をとり、長崎称念寺へと向かった。時宗の称念寺は、新田義貞の菩提寺だ。
「月さびよ 明智が妻の はなしせむ  芭蕉」の石碑がある。
境内で草刈をしていた住職によれば、浪人時代の明智光秀がこの寺の門前に庵を建て住んでいた時期があるとのこと。


医師をこの世の仮の姿としているSくんが「まむしや!いや しまへびや!」と叫んだ。
足元に目を遣れば、しまへびが蛙を飲み込んでいる最中だ。
殺生がタブーの寺院境内といったところで、それは人間界における約束ごとにすぎない。動物界におけるくうかくわれるかのタタカイは、その場所を選ばないのだ。
ぼくはくうのもくわれるのも嫌だけれども、敢えて二者選択を迫られたならば、くわれる側にいたいと思う。それをぼくの生きる信条としたい。


05/08/28 (日) 結婚式 

昨日は結婚式に夫婦揃って出席した。夫婦揃っての出席は10数年ぶりだ。
昔と様変わりしていて驚いたけれども好感のもてる結婚式・披露宴だった。
媒酌人なし(臨席に聞いたところ、媒酌人なしが増えているそうだ)。よって長いスピーチなし。宴での出し物は全て若者達の手によるものだった。新郎新婦が若者なのだから当然だろう。
新婦の友人5名が、高校時代の制服(白いセーラー服・黒の短いスカート)で踊りながら合唱した。なかなかいいので、ステージに近寄り近距離からデジカメのシャッターを押そうと思ったけれど、誤解されたら困るので止めた。
妻に「高校時代のセーラー服、引出しにしまってあるんか?」と聞いたら「ない」という返事だった。

たらふく飲みたらふく食べ、夕刻に帰宅。酔っているので仕事することもままならずそのままベッドに入った。目が覚めたら6時だ。空はどんよりとしている。


05/08/27 (土) 国保 

一昨日の晩、金津庁舎で「国民健康運保険運営協議会」が開かれた。
「国民健康保険医及び同薬剤師代表」=4名、「公益代表(議員)」=4名、「被保険者代表」=4名、「事務局(行政側)」=6名が協議会構成メンバーだった。
初めてなので、数字の読みこなしに関してわかりにくいところが多く専ら説明を聞いていた。

平成16年度の収支において3000万円程の赤字であり、基金を崩していかなければならない。これが続くと数年後には余裕がなくなる。

PS 協議会で感じたことについては数日中に書込みます。


05/08/26 (金) 夏の風物詩

本日の福井新聞見出し「障害者自立支援法案復活へ 応益負担不安募る」の記事のなかに、「・・また、聴力障害者の手話通訳は現在、無料だが、法案では応益負担に。使う度に負担が増えれば、おのずと活用しにくくなる。県聴力障害者福祉協会は「障害者が自宅に引っ込むことになるのではないか」と話す・・」という箇所があった。

障害者が障害者であることになんの責任もないし、又、社会的・政治的環境が障害者を障害者たらしめているともいえる。応益負担の内容が詳しくわからないので軽軽にはいえないけれども、法案は廃案とすべきだ。

〇友人が、軽トラの荷台で氷を切っていた。
夏の風物詩です。

05/08/25 (木) 熱々珈琲を飲みながら

昨晩のNHKTV・30分番組「クローズアップ現代」で刑事裁判のことが語られていた。
例えば殺人事件などの裁判で、原告である遺族は傍聴席を超えて法廷内に座ることができない。つまり被告の顔を間近でみることもあるいは直接話しかけることもできないのが現状であり、それに異を唱える遺族グループの要請によって、この制限が撤廃あるいは緩和される方向にあるという内容だった。
ぼくも一度だけ裁判を傍聴したことがあるが、そこは確かに検察官と弁護士だけの丁々発止の場だった。司法の権威が遺族の増幅された憎しみに邪魔されてはならないという発想によるものだろう。

ずっと昔の話しだけれど、ぼくは敬虔なクリスチャンと罪と罰問題を論じたことがある。
「罪を憎んで人を憎まずです」という彼に対して、ぼくは「そんなことあるもんか。罪をつくるのは人やざ。もしやね、俺のいとしいひとがやられてやね、やった奴が刑務所に収監されたとするが。俺は夜中に刑務所に忍びこむ。武器を持って忍びこむ。法律も国家権力もへちまもあるもんか」と答えたのを覚えている。
ま、そんなことが常態になったとしたらこの世は混乱の極みとなるだろう。しかし被告の思いに対する斟酌や罪の決定経過が全て他人の手に委ねられることに対して釈然とせずせめて被告に直接語りかけたい何かを聞き出したいと思うのが遺族の心情であることは間違いない。


05/08/24 (水) 秋はさやかにみえねども 

もう4,5日間自宅で寝ていない。
といっても、海外出張しているのではなく(会社員じゃあるまいし)、国内旅行しているのでもなく(物見遊山は興味の埒外)、別宅に潜んでいるのでもなく、つまり事務所の簡易ベッドで寝ているのです。
今朝の起床時は涼しかった。つい一週間ほど前に「菜の花通信・残暑お見舞号」を書いたばかりなので、季節の移りのはやさを感じています。


〇本日の昼さがり。流れる汗をぬぐいながら東山地区を歩いた。その折、久しぶりに「東山の大堤」に行き、その絶景に見とれた。
女性にもてたためしのないぼくは、こういう場所に行く時いつもひとりだ。
中年にさしかかってきた昨今、せめていちどくらい女性同伴で、という思いがつのる。


05/09/23 (金) 今日は祭日

議会最終日ということで昨日の晩は芦原温泉某旅館で納会。ビール少々焼酎少々で十分にほろ酔い状態となった。露天風呂で秋の夜風を楽しんだあと、ホールへ。
マイクを持って久しぶりに「港町ブルース」を唄い、その足で街へ出た。屋台で大蒜ラーメン(おいしかった)を食べてから旅館に戻り就寝。
今朝は、7時に目が覚めた。朝食のバイキングで食べたパンがおいしく、珈琲も3杯飲んだ。8時に帰宅し、今、新聞を読んでいる。


05/09/22 (木) 本日は議会最終日 

最近、原因不明の嘔吐(へど・・・おうとと読むと仏の哲学者みたいでかっこいいのだが、あくまでもへど)が時々あり、妻に相談したら「顔に似合わず神経が繊細やからよ。もっとどっしり構えたらいいんや」と言われた。
ぼくにはたしかに自責の念の強いところがあって、よく悩む。

うーん・・と考えているうち、昔世話になったひとの顔が浮かんできたので、昨日の夜に車を走らせた。
「セルビアで使われた劣化ウラン弾が如何に人類に悲惨をもたらすものであるか。自民公明が2/3以上も議席をとって翼賛政治になってしまうのではないか。こどもたちの未来をわたしたち大人はちゃんと保障できるのか。なぜわたしはいつも金で困らなければならないのか。」等々をしゃべりかつ御高説をうかがっているうちに、気がついたら2時間半が過ぎていた。
車の窓をあけて夜風にあたりながらの走行中の帰路、気分が軽くなっていることに気がついた。

群生動物であるぼくら人間は、国家・法制度の下に在る。生活の安堵も懸念もそこに源泉を持つ。しかし、日々の暮らしをより強く支えているものは人間関係じゃなかろうか、と思った。
開放的になりたい。古い上着は脱いで捨ててしまおう。内にこもらずひとと交わろう。勇気をもって思っていることを言うことのできる人間になる為の努力をしよう。歳とったなどと思わないようにしよう。
そういうことを考えながら布団に入ったら、すぐに睡魔がおそってきて熟睡した。

〇識者さんへ
漢字に間違いがないかどうか一応注意しながらキーボードを叩きました。
もしありましたら、御指摘メールをください。

05/08/21 (日) ちょっと思ったこと   

昨日の午後4時からは、金津地区戦没者慰霊祭。ぼくは地区議員代表として弔辞を読んだ。
そのあと、北潟湖畔へ。手伝いを頼まれたので湖畔祭りのあかりばやしセッテングに汗を流していたのである。
6時半にそこを中座し、旧金津町の某料理屋へ向かった。盆ということで、沖縄宜野湾に嫁いだ同級生女性知人が里帰りし待っているという連絡を受けた為だ。女性6人男性3人の焼酎飲みつつの世間話は午前様に及んだ。
沖縄県の持つ政治経済領域での二重構造的側面を嫌というほど聞かされた。

途中友人から携帯が入り、市職員(よく知っている)が亡くなったと聞いた。青天の霹靂でびっくりした。若いひとが亡くなるということは、とても悲しいことだ。


05/08/20 (土) もう週末か  

昔、深夜TVで異種格闘技戦を観たことがある。プロレスラー=アントニオ猪木vs極真空手猛者=ウイリー・ウイリアムスだった。あれは確かにセメントマッチでぼくは手に汗握って観た。

今回の広島6区・・ライブドア・堀江貴文vs国民新党・亀井静香。これも又異種格闘技戦といえる。金儲けのプロvs郵政民営化法案反対の旗手という構図である。確かに日頃の言動から推して堀江社長は郵政民営化の先鋒なのだろうし、何かとマスコミの話題になる人気者だから小泉サイドが持ち上げているのだろう。勿論彼を苦々しく思っているひとも世の中には沢山いる(ぼくもそう)。しかし、アンチ巨人が巨人人気を支えてきたのと同様な認識で堀江社長は出てきたのだと思う。

ま、どうであれこうであれようするにぼくは堀江社長の睥睨するような目線が嫌いだからこんなことを書いている。

05/08/19 (金) もう週末か

前夜に飲酒をしたわけでもないのに、昨日は体調が最悪だった。通告なしの突発的吐き気・腹痛・頭痛の三段波状攻撃を受け迎撃の為に漢方薬・頭痛生理通腹痛薬を飲んだのだが悪寒おさまらず、夕食のあとには三段波状攻撃的嘔吐が始まった。
とりあえず胃が空っぽになったので布団に入った。
寝つかれないので、仏教の本を読んだ。
釈迦によれば、この世は「苦」に満ちている。「苦」というのは漢字への翻訳語で、梵語の原典では「思うにならないこと」くらいの意味なのだそうである。
周囲のひとから思うにならないという話しをよく聞くし、ぼくもそうである。昨日の原因不明的体調異常は、精神と体調の因果関係を物語っていたのではないか、そうに違いない、ならば風になって一夜の旅にでなければならない、新しい寝袋を買おう、とまあそういうことを考えながら寝入った。
9時間の熟睡の後起床。一夜明けての珈琲はおいしかった。


05/08/18 (木) 24行日記 

最近の起床時刻は4時前後なのだけれども、昨日は1時に目が覚めてしまった。
この時刻に起きると夜明けまでにはたっぷりと時間がある。
ということで、普段手にすることのないエクセル文書の整理をしていた。
〇童門冬ニ著「名君肥後の銀台・細川重賢」を読み終えた。確か越前藩主・松平春嶽の母堂が熊本藩のお姫様だったはずだと思い、親近感も手伝って図書館で借りてきた本だ。
江戸期宝歴年間の細川藩藩主・重賢と彼が大奉行に抜擢した若者・堀平太左衛門の二人三脚的藩政改革ドキュメントだ。

教訓は沢山あった。
・名君は経世済民を常に考えなければならない。
・名君は君主であることをかさにきてはならない。
・名君は質素を甘受しなければならない。
・名君は笑顔を絶やしてはならない。
・名君は好色であってはならない。
・名君は謹厳実直の部下に信頼をよせなければならない。
・名君はおべんちゃら型の部下を信頼してはならない。
・名君は部屋住みの苦労を体験していなければならない。
・名君は男女差別をしてはならない。
・名君は酒を断ってはならない。
そして一番肝心だとぼくが思ったのは
・名君は人間観察のエキスパートでなければならない・・・である。

05/08/17 (水) 未明に熱々珈琲を飲みながら 

昨日は、TVで甲子園高校野球・酒田南vs宇部商を観た。宇部商が酒田南を圧倒していた。
観ながら思ったのだけれども、国は地方自治体の合併を促進させ、江戸時代の藩の数程度に押さえるという腹案を持っている。
そうすると、宇部商は官軍側で酒田南は白虎隊側つまり、戊辰戦争の代理版ということになってしまう。そう思ったら、判官びいきというやつで、ぼくは知らず知らず酒田南を応援していた。
ところで
合併は避けて通れない道だというけれども、先日のTVで「合併しない宣言の町・矢祭町」の実情を観た。365日年中無休・出張役場・特別職報酬の大幅ダウン・はこもの新設一切なし等々である。職員も叉それに触発された町民も一緒に汗を流していてまさに官民一体だ。
「労働基準法に抵触するのでは?」とも思ったが、ともあれ、ああいう家族的なシステムが維持できるのは、首長のひとがらと優秀なブレーンによるものだろうと思った。

〇今朝は、久しぶりに夜明けの北潟湖畔をひとりドライブした。朝陽で湖面が輝いている。沖を見遣ると1艘の船が浮かんでいる。一生懸命かいを漕いでいる。遠目なので漕ぎ手の老若はわからない。
しかしぼくは、「うーん、彼は老人なのだ」と思った。ヘミングウエイ「老人と海」なのだ。
高齢社会を標榜するならば、老人は元気でなきゃならんのた。ぼくは、どちらかというと悪態をたれる老人が好きだ。

〇昼過ぎ、某郵便局局長との話しのあと、宮王の知人を訪ねた。
歩いて行く途中、知り合いの左官屋さんに会った。
芸術作品完成に向かって汗を流している。
「住宅はユニット化して、わしらの仕事がなくなってる。でも外構工事で客から直(ちょく)の仕事が増えてるんや。絵はないから、つくっては見詰め煙草ふかしながら考えるんや.。牧田はん、10日後にみにきての。いい作品になってるざ」と言っていた。

05/08/16 (火) 無題 

心理カウンセラーと話しをしていた。
「ハリネズミのジレンマ」という例えがあるという。あるひとと親しくしたいと思って近づくと相手の持つハリで傷つけられ、あるいは自分の持つハリで相手を傷つけたりするそうだ。
そして、今後の社会は距離をおいた人間関係が主流になり、自他への虐待が潜在的に増えていくという。上の世代(つまりぼくらの世代のことだが)はそのことに対して無自覚で、自分たちの世代の価値観できちっと処理できるはずだと思っている。
世代間の断絶の存在を先ずもって認めなければいけない、といわれた。

05/08/15 (月) ふり返って 

昭和20年のきょう、太平洋戦争が終わった。フィリピンから復員してきた親父が数年あとに結婚し、ぼくは昭和24年の1月に産まれた。
朝鮮戦争が勃発しその特需にも支えられて日本の経済は復興し始めた。
貧乏ではあったけれども、みんながそうだったから貧乏を悲惨だとも思わずにのほほんと送っていた小学5年生の時に、当時の社会党浅沼委員長が演壇で右翼の少年に殺されるという事件が起こった。政治というのを肌で感じた最初の出来事だと思う。
「60年安保」という言葉もその頃耳にしていたはずだけれども何のことかわからず月日だけが通りすぎていった。

小学生中学生時代の最大の悲しみは、力道山が死んだことであり、最大の喜びは吉永小百合を知ったことだ。映画「キューポラのある街」や「風と樹と空と」に映る吉永小百合の匂うような美しさを持つ女性は当然同級生のなかにはいず、しかし彼女は浜田光夫と結婚してしまうのだろうとの思いのなかで溜息をつく日々だったから、後年彼女が岡田太郎と結婚した時はびっくりした。
ついでに言えば、小林旭は浅丘ルリ子と結婚するものと思っていた。

ちょっと話しがそれてしまったけれども、あの頃の「戦後民主主義」という言葉はとてもわかりやすいものであったような気がする。
あれから幾星霜。
社会は多様化というか混迷化というかつかみどころのないヌエみたいな様相を呈してきており、国政をあずかる政治家は構造改革を標榜し、郵政解散総選挙のまっただなかにいる。
郵政民営化論のなかには、局の世襲制に対する批判という視点が当然あるのだろうが、おかしいと思うのは、引退する代議士の殆どが県連と一体で後継者に自分の息子を指名していることだ。これこそ世襲制であり旧弊打破の対極に位置するものではないのだろうか。
勿論一概に否定できるものではない。秘書にし、政治学を身につけさせてきているつまり素地をつくってきているのだろう。しかしそういうひとたちは純粋培養フラスコ育ち的理屈人間であるが故のデメリットを背負っているともいえる。
「理屈は死んでいる。世間は生きている」(勝海舟)・・・なのである。
そういう側面のあることを、代議士達は忘れてはならない。

05/08/13 (土) 墓参り

早朝、配偶者及び息子二人と共に墓参りにでかけた。先祖代々の墓は鬱蒼と繁る木々に囲まれたところにある。ろうそくと線香に火をつけ合掌した。木々から蝉の声が聞こえてくる。

数年前のこの時期、ウラジオストックからホームステイに来た少女(イコンをくれたのだから、ロシア正教派だろう)と一緒に森の中を早朝散歩した時、やっぱり蝉の声が聞こえてきた。
「何という虫が鳴いているのですか?」と聞くので「蝉です」と答えた。
「ロシア極東にはいません」と言う。寒いところには蝉がいないことを改めて知った。


〇ところで、蝉の成体になってからの寿命は一週間だそうだ。はかない命だけれども蝉自身は決してはかないとは思っていないはずだ。
人間にしてからが、「縄文時代には20代も後半になると長老と呼ばれていた」と鳥浜遺跡発掘担当者から聞いたことがある。明治初期で50歳代が寿命だとかなりあてずっぽうだけれどもぼくは思うなあ。介護保険連合や健康保険運営の収支状況をみるにつけ長寿高齢社会のなかで我々団塊の世代が老齢者になっていく約10年後はどうなるんだろう。
日本国憲法第三章・第二十五条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限の生活を営む権利を有する」とうたっているのだから、このことが保障されなくなったとき、為政者は自らが憲法違反を犯したことになる。


05/08/12 (金) 20年前のきょう

20年前のきょうの夜、御巣鷹の尾根に日航ジャンボ機が墜落し520人の尊い命が失われた。記憶では、奇跡的に助かったのは数人で、墜落現場は惨状の極みだったという。あの夜のTV報道をぼくはずっと見続けていた。何故自衛隊機が即座の救出に向かわないのか不思議でしかたなかった。

数ヶ月の後、「文芸春秋」で、自衛隊責任者の事故顛末報告書を読んだ。
いろんなことの書いてある実に長い文章だったが、「当日の事故は夜間事故でありかつ現場は急峻な尾根なので無事に着陸できる確立は80%だった」という部分が印象に残っている。
つまり20%の確率で自衛隊員の尊い命が失われる可能性のあることが、自衛隊機派遣せずの少なくともひとつの理由になったと読むことができる。

その確率が数%であれば、敢挙すべきだったろう。しかし20%は危険をひしひしと現実的に感じさせる数値である。しかたなかったと思う。

05/08/11 (木)  昨日の一日 

CAD三昧だった昨日の午前中、某区区長が来訪した。主に景気の話し。
午後一番で福井市へ行き、その帰途、お盆休み用の本を借りようと金津図書館へ。
駐車場は夜の小柳ルミ子コンサート準備の為に駐車出来ず、「うーん、本借りは叉今度にしよう」と諦めた。そこで出会った庁舎職員からグリーンツーリズムの理念を拝聴し、その足で芦原庁舎教育委員会へ。

夜は小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」をナマで聴きたいと思っていたのだけれども、手話通訳の依頼が入ったので断念。通訳は午後9時過ぎに終了した。
その際いろいろ複雑なものを感じたので、帰宅途中に相談がてら友人宅に寄る。
出されたおいしい昆布を食べお茶を飲みながらぼつぼつとしゃべりあるいは相手の話を聞いたあと帰宅した。

妻の部屋の灯りがついていたので、ご機嫌伺いをせねばと、部屋をノック。
「壊していた体調が戻り始めたわ」の一言で安心し事務所に戻った。
インターネットで、「阪神vs中日、5-3で阪神の勝利」を確認し叉安心。
「ところで巨人ファンのぼくの友人たちは、巨人が優勝圏内から蚊帳の外あるいは宇宙の彼方まではじきとばされてやるせない日々を送ってるんだろうなあ、ヒヒヒ」と薄笑いを浮かべながら布団に入った。
熟睡し、今朝は5時に起床。

05/08/10 (水) 夜明けに珈琲を飲みながら 

昨晩はしばらくの間、阪神vs中日をTV観戦。
7対1阪神リードの時点で阪神の勝利を確信し、芦原の盆踊りを見に行った。宵闇で顔の識別むつかしいなか、何人かのひとに話しかけられ、世間話しをしながら盆踊りの輪を眺めていた。
やっぱり女性の浴衣姿は盆踊りによく似合う。
たこ焼きを買ってから帰宅しTVをつけたら中日まさかの大逆転だ。もうゲーム差が0.5となってしまったがね。
〇きょうの昼、障害児を持つ親のひとから電話が入り、いろいろと話す。それを受けて、夕刻に教育委員会へ。
ぼくは福祉教育に関わることは単にゼニカネの問題ではないと常々思っている。この分野を民間の競争原理にシフトしたならば、豊かな未来は無いと思うのだ。


05/08/09 (火) 解散総選挙

昨日の午後2時過ぎ。通信誌をつくるべくキーボードをたたいているさなか、ラジオ国会中継は参院での郵政民営化関連法案否決を報じた。小泉首相は直ちに臨時閣議を開き衆院解散総選挙を決めた。

・今回の選挙は民営化の是非を問う国民投票だという首相の意見には信念がこめられている。
・しかし、景気に多少の上昇機運がでてきた昨今での解散には当然リスクがある。
・さらに、郵政公社生田総裁が国会で自らの将来の限界をコメントするのは不自然だ。
・選挙で自民党が分裂するのを想定した水面下での連立模索は既に始まっているのだろう。
・郵便局サイドは公社⇒民営で過疎地での存続保証がなくなり、つまり住民サービスの拠点がなくなることを懸念するという。
・しかし小泉サイドは過疎地郵便局存続を保証するという。

午後9時頃に始まった小泉首相の30分弱にわたる記者会見をTVで観ていた。
決意の重さが表情に表れていたし、言質に切実なものがあるのはよくわかる。
けれども、アフタフォローの言葉が少ないので、?がどうしても残ってしまう。

投票日までには時間がある。いろいろ勉強して誰に入れるか決めたいと思う。

05/08/08 (月) 一週間の始まり

図書館で借りてきた宮本輝の恋愛小説を読みふけっているうちに朝がきた。
熱々珈琲を飲みながら窓外駐車場の桜を眺める。
朝陽に照らされた葉の緑が風にそよぎきらきらと輝いている。
「うーん、一週間の始まりにふさわしい朝だ。男と女のことはよくわからないし苦手だが、自然の営みは見た目そのままなのでよくわかる。やっぱり自然がいい。人間は自然の一部なのだ。現在の社会はその謙虚さを失ってしまった。結果としてどうにも動機のわからない犯罪が多発している。これからの経済は循環経済を目指さなければいけないのではないか」とぼくは思った。
〇午後3時、某書店のひとが、以前注文した「福井・坂井・あわらの今昔(保存版)」を持ってきてくださった。懐かしい思いでページをめくっていたら「あわら市役所に変わった東レ金津工場(昭和30年頃)」が出てきた。
昭和30年というと、ぼくが金津小学校に入学した年だ。

05/08/07 (日) お盆間近 

今朝は裏の山へ登った。そこに先祖代々の墓があり、墓所の草刈清掃に出かけたのである。ぼくは名も無い雑草が好きだ。彼ら彼女らの生命を鋭利なハガネの回転で次々と奪っていくことに抵抗がある。お盆の前にこういう殺生をしていいんだろうかと思う。

しかし刈った雑草や落ち葉をきれいに片付け水打ちをしたあとの墓所にたたずみ、死んだじいさんばあさんの墓にいざ対座すると、やっぱり一種凛とした気分になるね。
周囲のひとたちに迷惑や不義理をかけ続けてきたわたしなので極楽へ行ける保証はないけれども、死ねばわたしの子孫たちはこの墓の前で同じような気分を味わうのだろう。
死んだひとは皆おしなべてホトケという死生観がこの国にはある。
〇戦没者慰霊祭の開かれたトリムパークでの休憩時、某郵便局局長と話しをする。郵政民営化法案採決が迫ってきたことでの緊張感を感じた。トリムパークを中座し、某地区夏祭り会場へ行きその後事務所に戻る。
午後3時、某国会議員が秘書お二人と共に来訪し、一時間弱の四方山話。
郵政民営化法案否決⇒解散という構図が現実味を帯びてきたことで、世間はあわただしくなってきた。


 05/08/06 (土) 来週にむけて 
議員研修会と臨時議会で先週が終わった。短時間では理解できないところがいろいろあったので、来週は庁舎に出向き、個人的に再度のレクチュアを依頼しようと思っている。
〇総カウントが13万を超え、「13万回目は私です。掲示板を画像UPできるものにしたらどうですか」というメールが入ってきました。Iさん、どうもありがとうございました。

5年前にこのHPをたちあげたのは、何人かの友人の「議員なんやから義務やぞ」という薦めによるものでした。義務感で出発したものですから、当初はかなりかたい言葉で書いていたと思います。ただ、毎日なものですから自分自身に手かせ足かせがついてきたような気分になり、段段身辺雑記に変わってきました。その功罪はともかくとして、これからも続けて書いていこうと思っていますので、皆さんよろしくお願い致します。

05/08/05 (金) ちょっと思ったこと

昨日は臨時議会が午後3時半に終了した。帰宅すると友人のPさんが来訪。ウエブカメラを持ってきてくださった。インストールして、自分の顔の動きをモニターで見た。マイクもついているので音声発信も可能なはずだが、使い方がよくわからない。とりあえず勉強して、このホームページにリンクさせたいと思います。
議会前の全協で思ったこと。

そうこうしているうちに古時計が6時をうったので帰宅。焼酎片手にTVをつけると「明徳義塾・甲子園出場を辞退」のニュースが飛び込んできた。

10年程前の夏、星陵高校の松井に対して5打席連続の敬遠を命じたこのチームの監督にはなんとなくのうさんくささを感じていたので「叉か?」と思いつつ画面を見つづけた。
・生徒の喫煙
・上級生の下級生に対する正座の強制
・一部上級生の下級生に対する暴力
それらを高野連に報告しなかったことが辞退の理由だそうである。

※「喫煙は二十歳を過ぎてから」が法律なのだから、違法行為に間違いはない。けれども、何故そういう法律ができているかというと、発育途上の青少年の体にとって有害なのだからが法律を裏打ちする背景なのだから、いわば受益者負担ということで完結するのではないか。
※上級生が下級生に正座を命じることくらい、どこの運動部にでもあることだと思うのだが・・。
※一部上級生が下級生に暴力を振るったことは確かによくないことだ。しかしその一部に入っていなかった上級生の嘆きはどうなるのだ。連帯責任の怖さがここにある。
甲子園大会出場を夢みての日々精進・努力が他人によって壊されたことは今後の人生において大きなトラウマになる。

05/08/05 (金) ちょっと思ったこと

昨日は臨時議会が午後3時半に終了した。帰宅すると友人のPさんが来訪。ウエブカメラを持ってきてくださった。インストールして、自分の顔の動きをモニターで見た。マイクもついているので音声発信も可能なはずだが、使い方がよくわからない。とりあえず勉強して、このホームページにリンクさせたいと思います。
議会前の全協で思ったこと。

そうこうしているうちに古時計が6時をうったので帰宅。焼酎片手にTVをつけると「明徳義塾・甲子園出場を辞退」のニュースが飛び込んできた。

10年程前の夏、星陵高校の松井に対して5打席連続の敬遠を命じたこのチームの監督にはなんとなくのうさんくささを感じていたので「叉か?」と思いつつ画面を見つづけた。
・生徒の喫煙
・上級生の下級生に対する正座の強制
・一部上級生の下級生に対する暴力
それらを高野連に報告しなかったことが辞退の理由だそうである。

※「喫煙は二十歳を過ぎてから」が法律なのだから、違法行為に間違いはない。けれども、何故そういう法律ができているかというと、発育途上の青少年の体にとって有害なのだからが法律を裏打ちする背景なのだから、いわば受益者負担ということで完結するのではないか。
※上級生が下級生に正座を命じることくらい、どこの運動部にでもあることだと思うのだが・・。
※一部上級生が下級生に暴力を振るったことは確かによくないことだ。しかしその一部に入っていなかった上級生の嘆きはどうなるのだ。連帯責任の怖さがここにある。
甲子園大会出場を夢みての日々精進・努力が他人によって壊されたことは今後の人生において大きなトラウマになる。


05/08/04 (木) 虎竜一服


昨晩は焼酎コップ二杯晩酌ののち、宮本輝を読みながら就寝。早朝に目が覚めた(毎日のことだけど)。
近くのコンビニへ煙草を買いにいったついでにスポーツ新聞を買う。
「虎4連敗」が大見出しだ。中日の連敗につきあっているのだから気のいいチームなのだ。気のいいで思い出したのが野村南海時代の主砲・門田。バットスイングのスピードは当時パリーグNO1と噂されたスラッガーでそりゃよく打っていた。
でやね、
南海ホークスがワンサイドでリードしてくるとベンチに座る門田は「相手も必死で守ってんねん。嫁はんも子供もいるんやでえ。もういい加減打つのやめとこうや」と呟いていたそうだ。
プロとしてあるまじき発言かもしれないが、人生はもちつもたれつなんだしそういうおおらかさの復権がこの時代必要なのではないかと、ぼくは思う。


〇早朝ラジオが「広島への原爆投下日・8月6日を正確に知らないひとが過半を超えた」と報じている。太平洋戦争末期当時、日本の主要都市非戦闘員への無差別空爆も含めてだが、米軍による広島長崎への原爆投下という人類に対する最も無慈悲な蛮行は語り継がれていかなければならいのに、これはどうしたことなんだろう。
〇石井部隊のことを新聞紙上で読む。ドキュメントを読んだ時のおぞましさがよみがえってきた。

05/08/03 (水) 議員研修会

本日の「教育委員会管轄」を最後に、三日連続で開かれた今回の議員研修会は終了する。
各課での懸案事項も一応は頭に入った。
ぼくにとっての課題はその発信方法だ。
書いていたのではどうしても舌足らずになる。顔突き合わせてしゃべるのが一番だ。
どこへでもでかけますので、皆さんご一報ください。
〇本日の研修会は午前中で終了。庁舎を出たところで、同僚議員に呼びとめられた。某食堂に誘われ、新人議員6人と昼飯を共にした。ぼくは、ラーメン大盛りを食べた。暑い時は熱いものを食べるに限る。


・「基本はあくまでも新人議員の為の研修会だったはずだ。他の議員が過度にしゃべるのは困る」とひとりのひとから言われた。ぼくは質問し過ぎたのかもしれない。
・「議員としてのつとめは、議会情報を住民のみなさんに対して広範に伝えることにある。住民のみなさんの広範な声を聞くことにある」とみんなから言われた。
全くそのとおりで、少なくとも有志議員が参加してのパネルデイスカッションを開くべきだと思った。

05/08/02 (火) 海

昨日(8/1)今日(8/2)明日(8/3)の三日間、新人議員対象の議員研修会が開かれている。新人議員対象ではあるけれども新人以外の議員も沢山参加している。思うに自分の所属する常任委員会管轄以外の課についてはよくわからない部分があるからだ。
ということでぼくも出来るだけ参加するつもりだが、昨日の午前中だけは加賀の海を見に行った。
波打際に座った寝転んだ。寄せる波はあくまでも透明だ。
どこからか、「牧田さん・・」とぼくに呼びかける声が聞こえてくる。幻聴か・・・。

海はいい。
数億年だったか数十億年だったかのむかし、我々人類の祖先の祖先の祖先の祖先はこの大海原から陸地にはいあがってきた。大海原は、あんたの悩んでいることぐらい小せい小せいとささやきかけてくるのである。
♪海はよおー・・とか、♪海はひろいなおおきいなあ・・とか、♪瀬戸は日暮れて・・とか、ついつい歌いたくなってしまった。
気持ちが充実しているずっとここにいたい・・という思いをふりはらい、帰途に喫茶店でトースト珈琲を腹に入れ、新人議員研修会・午後の部に向かった。
〇 TVがセクハラのニュースを流している。
どこぞの教師が10代の少女をホテルに連れ込みみだらな行為におよんだと言っている。
勿論そのような経験のないぼくだけれども、この言い方はおかしいと思う。
単に性行為におよんだという表現にとどめるべきだ。
結婚し三人の子をもうけたぼくは、そのような行為を最低三回したことになるわけだけれども、決してみだらな行為とは思わなかった。愛の行為だと思った。
第一、ぼくの子供達はみだらではないのだ。
10代の少女との性行為を法律に違反する行為だと喧伝するのは客観的な描写だから構わないが、そこに主観的表現をいれるのはおかしい。


05/08/01 (月) 消防総合訓練


午前5時からJA花咲ふくい駐車場で、消防総合訓練が行われた。



〇本日の午前中は加賀の海を見に行った。
浜辺を歩いていくと少年がサカナ釣りをしている。フグを釣り上げたばかりだった。フグは腹をたてみるみるうちに丸くなっていく。
ぼくはこのフグをピンポンフグと名付けた。