2006年11月


06/11/30 (木)
 つつましさを求めて

昨日の朝、友人ケンくんが来訪。動画編集の操作方法を教えてもらった。
私のデジカメのピクチャカードは256メガなので、約7分間の動画撮影が可能だ。それを単にパソコンに保存しておくだけならば何の問題もないのだけれども、HPにUPしようとすると、「無料動画配信ツール」を利用する必要がある。ツールには動画容量の制限があるので、刻んだり圧縮したりの編集が時には不可欠となる。
ということで、彼のレッスンで編集ソフトをなんとか使えこなせるようになり、動画ショートに「かりんて祭り」を入れ込みました。お暇な方はご覧下さい。

しかし、こんなパソコン時代が来るとは予想もできなかったなあ。
ほんの10数年前までは、製図はT定規による手書き、構造計算は電卓叩きつつの手計算、日記は大学ノートへの書き込みだったが、今は全てパソコンの箱のなかでの処理である。便利だけれども、便利の裏には危険が潜む。
橋田壽賀子が何かのエッセイで、「アナログで吸収、デジタルで発信」と書いていたのが記憶に残っている。
○教育再生会議の途中経過をネットでみることが偶にある。
よくわからないのは、「問題を起こす子どもに、懲戒の意味を込めて社会奉仕などの対応をとる」の文言が見えることだ。
何故ペナルテイの選択肢として社会奉仕つまりボランテイアがでてくるのだろう。奉仕とは無私の精神の発露だろう。無私の精神は己の胸中に確固としたモチベーションがあってこそ内実化されるのであって、何かの代償としてのボランテイアが拡まれば、実体が空洞化していくように思えて仕方ない。
私は右翼ではないし、右翼理論を書くほどのアタマも勿論ないけれども、米文化に席捲される以前の日本には結・講などを通じての共同体意識が根付いていたはずだ、とは思っている。制度ではなくて慣習としての互助が働いていたはずだと思っている。
その根は江戸期にまでさかのぼることができるのかもしれないが、それはともかくとして、この国が持っていたはずの品位が、生活の急激な変化のなかでそこなわれつつあるのは、間違いない。
つつましさ・・・日々これを実践することが私の生きる目標である。

 06/11/29 (水))
 深夜に目玉焼きを食べながら

昨日の午後1時半から、「教育厚生常任委員会協議会」が開かれた。
協議事項は
① いじめの実態調査について
② 新中学校の教育理念について
③ 男女共同参画の施策に係る家族の位置づけについて
④ その他
  (1)金津雲雀ケ寮の増床計画について
だった。
マスコミを席捲している感のある①に論議が集中したが、教育委員会からの報告は、「いじめの実例報告はありません」だった。
「昨年、いじめで転校を余儀なくされた」という家族の声をごく最近に聞いていたぼくは驚いた。現場から教育委員会への報告システムがどうなっているのかを聞いた。
① 月毎に各小中校から書類報告を受け、それを県に提出する。
① 教育長は月に一度ずつ各小中校を訪れ校長からの報告を受ける。
という説明であり、結果としてここに「実例報告」がなかった、ということになる。

ぼくは一番苦労しているのは担任教師だろうと思う。ぼく自身の反省も込めて言うのだが親の在りようが変わってきているし、地域力も弱体あるいは消滅している。勉強を教えるのが本願の現場教師に躾を過度に要求するのは酷というものだ。だからこそ現場教師にとって親ともいうべき存在の学校長が相談相手となってしかるべきなのだ。その対極として起こったのが、鹿児島県のパワーハラスメントによる教師自殺だろう。

教育長は、「小さいことへの対応は学校長に任せている」と言っていた。原則それが当然だと思う。ただし、現在の変遷しつつある時代状況における子どもたちの胸のなかで何が大きく何が小さいかをそう簡単に定義できると、ぼくには思えない。そういうファジーと思える部分での悩みを現場と教育委員会が共有することが大切だ。
ぼくの偏見であるとしたらそれに越したことはないのだが、そこでの風通しが良くなく思えて仕方ない。オープンになっていないように思えて仕方ない。

若かった頃、ぼくは教師になるのが夢だった。そこで先輩に相談に行ったところ、「おまえの日頃の言動と道徳観では、先生になれるはずがない」と一蹴され夢を諦めた。
だからこそうらやましさも含めて思うのだが
教育に携わる方々は言葉のプロである。言動に自主規制などせず上下の関係など意識せずに悩みを吐露し信念を語っていってもらいたい。
こどもたちはその背中を見続けている。
○午後9時半にひと仕事を終えてから、洗顔し、歯を磨いた。
昔Qくんから頂いた冷蔵庫から、焼酎「いいちこ」をとりだし、コップになみなみと注いだ。静寂のなかでひとり静かに飲む。
つまみはない。
日々やわい神経で周囲に気兼ねしつつ生きている自分が、コップをひとなめするごとに壮大な気分になっていく。
飲んでいるから言うわけじゃないが、英の戯作者が書いたように、「世界は大きな劇場」だ。我々ひとりひとりはその大きな舞台の主人公なのだ。
主人公がいなくなったら、物語は終わってしまうのである

06/11/28 (火)
 ちょっと寒い朝

両者の差は太平洋ほど広い?
ボストンの地元紙ボストン・ヘラルドは27日、関係者筋の情報として松坂大輔投手の代理人スコット・ボラス氏とレッドソックス双方の提示条件に大きな開きがあることを報じた。 同紙コラムニストのトニー・マサロッティ記者の署名記事によると、ボラス氏側が年俸1500万ドル(約17億4000万円)前後を要求しているのに対し、レッドソックス側は年俸700万ドルから800万ドルでの契約を持ち掛けているのではないかという。契約年数についても、3年でFA資格が獲得できるようボラス氏側から要求があるはずだとしている。(共同)(2006年11月27日21時54分  読売新聞)

久しぶりに覗いた大リーグ情報のこの記事を読んで、「うーん、やっぱしレッドソックス側の本当の狙いは、(一部週刊誌で報じられたように)松坂をヤンキースにとらせないことにあったのか。交渉を決裂させてポステイングの金が戻ってくればおんの字だと思っているのだ」と邪推もしてみたくなる。
そもそもが1500万ドルも700万ドルも天文学的な数字で生活実感から無茶苦茶にかけ離れているのである。
確かに松坂は球を早く投げる事に関しては稀有の才能を持っているのだろう。しかし駐車違反をした身代わりに西武職員を警察に出頭させるような不見識の若造に途方も無い収入を約束すれば、実生活者としての彼を待ち受けるのは暗雲のみではないかと、教育的視点から私は彼を憂うのである。

仮に私がかってのノーラン・ライアンのような球速と江夏のようなカーブと村田のようなフォークと山田のようなシンカーを投げる男であり、レッドソックスから入団を請われ契約時に年俸10億エンを提示させられたとしてどう答えるか。
「馬鹿にしなさんな。ぼくはあぶく銭の為にレッドソックスに来たんではないざ。最高峰の舞台で自分の身体能力の限界を確かめるために入るのや。野球選手なんて野球以外のことは知らないし実生活としては無能や。そういうぼくらが好きな野球に打ち込めるのだから妻子を養う金だけいただければいい。
1億エンでOKや。レッドソックスさんに10億の用意があるのなら、ぼくなんかに全額払うべきじゃない。9億エンは世界平和の為に寄付してあげなされ」と、言うだろう。
・・・言うだろう、と思う。
しかしそんな非現実的なこと言っても、仕方ないか。

06/11/27 (月)
 小雨の朝

連日いじめの問題がマスコミに登場し、評論家が「ああでもないこうでもない」と書いている。
基本的に普通の層が普通と見えない層あるいは個人に対して違和を感じ差別意識が助長されることでいじめが発生するとぼくは思っているのだが、健常者どおしの関係でさえそうなのだから、健常者と障害者が接触する現場では、どうなんだろうかと、ぼくは思った。
昔、手話通訳の活動に一生懸命だった頃、何人かの聾唖者から、差別と同情による困惑をいろいろ聞かされたが、差別も同情もいびつな関係であることは同じだろう。ノーマライゼーションというカタカナ言葉を美辞麗句で終わらせず本来的な意味での実践力を発揮できるようにするためには、「人間みんなぼちぼち」という当たり前のことを再確認する必要がある。

言葉に説得力のあるのが被害当事者であることは間違いない。
いじめ宣言:カネミ油症被害少女、自殺考える君たちへ 20年後、心に響く「訴え
毎日HP

 06/11/26 (日)
 物憂い日曜日

物憂い日曜日です。

日曜日なので久しぶりにあわら市の「市民会議室」を覗いてみたらいろいろ入っている。
旧芦原町の幹部やあるいはそれとわかる議員に対する批判・非難があいついでいるので、ちょっと考えた。
以前、「市民会議室」の管理者が書き込みの幾つかを削除した際、「公人は止めたのちも公人だから名指しされても仕方ない」とのコメントを添付していた。
であるとするならば、奈○田元町長とか某議員とかいう紛らわしい書き方をする必要はさらさらなくてちゃんとした実名を出せばいい。でないと、読み手は間違ってほかのひとを想起する可能性がある。
ただし名指しされた公人が、書き込みの内容を事実誤認あるいは中傷であると感じたならば、どうすればいいのだろう。相手が匿名なのだから、「名誉毀損」の訴訟を起こすことができないのである。
「匿名」が「匿名」相手に論戦を繰り広げるのは自由だけれども、論のなかに固有名詞をあるいはそれを想起させる内容を含ませるのであれば、書き手も又「実名(含・電話番号」にすべきじゃないか。
「掲示板」書き込みの原則において、それが対等というものであると、私は思う。

06/11/25 (土)
 解析

このHPに無料アクセス解析機能をつけたのは、確か昨月10月の5日でした。
パスワードを使って覗くことがたまにあります。
下の表は、11月1日(am0:00)⇒25日(am8:00)の集計ですが、時間帯別アクセスを見ていると、午前零時から3時くらいまでの間が皆さんお休みの時間帯で、あさくちのアクセスが意外に多いことがわかります。

11月トータルアクセス グラフ
1 168 442  38%  
2 168 413  40.67%  
3 125 331  37.76%  
4 136 356  38.2%  
5 126 335  37.61%  
6 199 515  38.64%  
7 164 557  29.44%  
8 163 465  35.05%  
9 153 546  28.02%  
10 172 495  34.74%  
11 135 375  36%  
12 119 497  23.94%  
13 145 390  37.17%  
14 165 384  42.96%  
15 151 279  54.12%  
16 151 343  44.02%  
17 157 330  47.57%  
18 111 627  17.7%  
19 121 428  28.27%  
20 170 429  39.62%  
21 188 338  55.62%  
22 172 449  38.3%  
23 153 354  43.22%  
24 159 381  41.73%  
25 28 50  56%  
26 0 0  
27 0 0  
28 0 0  
29 0 0  
30 0 0  
合 計 3699 10109  

11月時間帯別のアクセス統計

時間 ユニークアクセス ・トータルアクセス グラフ
00:00-00:59 83 149  55.7%  
01:00-01:59 44 97  45.36%  
02:00-02:59 32 95  33.68%  
03:00-03:59 42 274  15.32%  
04:00-04:59 43 409  10.51%  
05:00-05:59 47 537  8.75%  
06:00-06:59 72 504  14.28%  
07:00-07:59 220 698  31.51%  
08:00-08:59 355 879  40.38%  
09:00-09:59 291 783  37.16%  
10:00-10:59 202 464  43.53%  
11:00-11:59 180 595  30.25%  
12:00-12:59 245 475  51.57%  
13:00-13:59 174 400  43.5%  
14:00-14:59 131 357  36.69%  
15:00-15:59 178 339  52.5%  
16:00-16:59 160 398  40.2%  
17:00-17:59 201 594  33.83%  
18:00-18:59 161 407  39.55%  
19:00-19:59 197 396  49.74%  
20:00-20:59 163 330  49.39%  
21:00-21:59 175 335  52.23%  
22:00-22:59 172 335  51.34%  
23:00-23:59 131 259  50.57%  
合 計 3699 10109  


2000年の2月にこの幾分軽薄混入的地域密着型議員日記を書き込み始めてから、「もう止めよう」と思ったことは何度かあります。
しかし、「書くのは議員の義務やざ」と言ってホームページの構成を教えてくださった高塚初代師範を始めとするパソコンに精通した例えばプロパニストKくんなど何人かの方々から頂いた適切なアドバイス・サポートのことを思い、「駄文であろうがなかろうがとにかく継続が大切なのだ」を座右の銘としているうちに、6年9ケ月の歳月が経過しました。
議員をしている限り、続けるつもりです。
これからもよろしくお付き合いのほどを。
○昨晩の「ザ・秘密会」で事務所に集まられた8人の老若男女の皆様方、どうもご苦労さんでした。
某女性手作りの牛鍋はとろけるように柔らかでした。私の57年間の人生で初めて味わった高級コニャック・「ナポレオン」に涙が出ました。恐らく○○牧場経由ではないかと思われる自然卵も黄身がしっかりしており出色のものでした。これからのキーワードは、「食育」であり「飲育」です。
皆様方のはずむ会話を聞いているだけで、寡黙な私はとても幸せでした。

白玉の 歯にしみとほる 冬の夜の 
         酒は静かに 飲むべかりける  牧水
     であります。

06/11/24 (金)
 晩秋の一日

昨日の午前中は、「かりんて祭り」に行った。
賑やかしく、いろんな屋台が出ているのが面白く、中古で買ったデジタルカメラを駆使して動画を撮影した。帰宅し、HPにUPするために「動画配信無料ツール」に載せたのだけれども、「100メガを超えてます」というメッセージが出て、UPが不可能となってしまった。ちょっと残念。
帰りがてら、三人で清滝ダムに寄る。紅葉がとても見事で感動した。
ダム湖は広く大きく底なしの深さを持っているように感じられた。
ダム湖周辺には幾つかの薬莢が落ちていた。熊・兎・猪・狸・狐・栗鼠・脱獄囚あるいはネッシーを狙って撃ったのだろう。

そのタグイと間違われないために、我々はそそくさと戻った。

午後は、地区の八幡神社で行われた「秋の例大祭」に一握りの米を持って出席。神主は「新嘗の儀」と言っていたが、収穫を終えた時期の風物詩だ。
語源辞書で「秋=あきの語源はあきないにある。」と読んだ記憶がある。
豊原水穂秋津島大和国に於いて、春先からの苦しい労働を経て収穫した産物をやっと換金できる季節、くらいの意味だろう。
というところで私は思うのだが、稗田阿礼が誦習した「古事記」の訳本(それも抄)を私が読んだのは中年を過ぎてからであり、これがかえすがえすも残念だ。若いうちに読んでいれば、私はもっとしっかりした人間になっていたと思う。
教育基本法の是非がかますびしいがそれはともかくとして、「古事記」を教科書に載せるべきだと思う。
イスラムに「ハムラビ」があるように、ユダヤに「旧約聖書」があるように、日本には「古事記」がある。八百万の神々が跋扈する日本は多神教の国であり、多神教こそが、世界の争いをいさめる力になりうると思うんだがなあ。

06/11/23 (木)
 今朝感じたこと

本日の福井新聞に、「2校を守る会」(奈須田和彦・組頭五十夫代表)」が公開質問状を市長に手渡す写真が掲載されている。
記事を読んでいるうち、いろんな思いが去来した。

今年6月の議会採決に向けて、「2校存続を求める会」の署名運動は白熱した。存続を求める議員の我々はその真摯な思いに連帯し、市内あちこちの街頭でマイクをもち、あるいは公共施設を利用しての集会で話し合いを重ねてきた。
会の事務局住所は、私の事務所となっていた。
行政手法にいくつかのねじれを感じながら臨んだ6月議会採決だったが、「新市建設計画の変更」は採択され「請願の署名運動」は不採択となり、結果として議会意思は「統合」に決定してしまった。
勿論、議員の立場としてこの決定を無視するわけにはいかない。尊重する義務がある。
しかし
「求める会」は解体したけれども、行政やそれを承認した「議会」に異議を感じる思いが市民の間に浸透あるいは潜在していれば、結果としてこのような「市民の会」が新しく立ち上がるのは自然であり、公開質問状が提出されるのも十分予想されたことである。

私は、この運動の今後の推移をじっと見守っていきたいと思っているし、ここのHP「CONTENTS」にも、「2校を守る会・HP]のリンクを貼っている。
それは、現実に存在する市民の声を載せるのが義務だと思っているからであり、誤解されたらいけないので申し上げるが、仮に「統合を促進させる会・HP」ができあがったとして依頼があれば、このHPにリンクを貼ろう、と思っている。
○椚地区で開かれた「かりんて祭り」で、大鍋豚汁(2500人分)つくりを
一生懸命に手伝う私





06/11/22 (水)
 朝陽をみつめながら

社会嫌悪と自己嫌悪で一日の終わった昨晩、例によっての晩酌のあと事務所のソファーで寝袋をかぶってうたた寝をしていた午後9時過ぎ、2人の友人が来訪した。
真面目なふたりの会話のテーマは、教育問題から始まって現代社会の持つひずみに対するいろんな角度からの切り込みになっていく。
傍らで仕事をしていた私も途中から会話に加わった。
12時前に散会。
空腹を感じたので炒めうどんをつくった。
鉄板にサラダ油を少々引き、うどん玉を落とす。菜箸でかきまぜながら塩コショウをふりかける。塩コショウのふりかけの適量の見極めがこつで一回では少なく三回では多い。
二回のふりかけでつくられた美味しい炒めうどんを食べながら、私は議会のことを考えた。

あわら市を株式会社に例えるならば市長は社長に当たる。勿論、創業者ではなくて雇われ社長だ。その市長を選挙で選ぶ有権者は市税納税者であるから、株主ということになる。
社長の経営権の執行が適切であるかどうかを監視させる為に有権者は選挙で議員を選ぶ。そして二元体制が機能する。
だから、「牧田はんは、反市長派か?」と偶に聞かれることがあるけれども、この質問の意味が私にはよくわからない。市長派であったりあるいはそいういうレッテルをはられたりするならば「監視」という職務を遂行していないことになるのではないか。
市長あるいは議員を選ぶ権利を持つ有権者は、今、「市民」という言葉で語られることが多い。趨勢として世は市民社会化しているのだろう。
市民運動というのは一株運動に似ている面がある。
きょうは、なんつうか、新しい日になるような気がする。
○今宵、私の事務所は「手話サークル」忘年会の場となっている。
私は泡盛・久米仙をちびりちびりと飲んでいる。



06/11/21 (火)
 二行日記

なんにも考えずなんにも感じない一日が終わった。
朝食も昼食もとらなかったのに、空腹を感じない。

06/11/20 (月)
 雨音を聴きながら

本日は雨模様。
熱々珈琲を飲みながら、「城ヶ島の雨」を聴いている。
「男はつらいよ」車虎次郎の妹・さくらを演じていた倍賞千恵子の歌う「城ヶ島の雨」は絶品で、若かった頃いつも口ずさんでいた。

究極の童謡・「赤とんぼ」に比肩し得る唄といえばこの唄しかない。
前段のスローテンポのメロテイで、私たちは生きていることの悲しみを味わう。後段の一変したアップテンポのメロデイで、私たちは驟雨をもたらす灰色の空の彼方にかすかな明るみを感じ、生きていることの大切さを確認する。
王道を行く唄である。
さしもの「港町ブルース」も、ベートーベンもショパンも高石ともやもバッハもサッチモもベラフォンテも中島みゆきもビートルズもこの唄の前では、コウベを垂らす以外にない、と私は思うのである。

 06/11/19 (日)
 昨日の一日

昨日の午前中はCAD三昧。昼前に「悪魔のマーブ」くんが現れ、蕎麦会に関する事務所予約をして帰っていった。
午後1時半から、中央公民館で詩人・荒川洋治さんの講演を聴く。
3時過ぎに終了し、席を立とうとしたところで、同じく講演を聴きに来ていた初老の御婦人とばったり顔を合わせた。
開口一番、「牧田さん、なんで中学校統合するんやの。なんやのあれは! 行政はいったいなに考えてるんや、呆れたわ。なんで議会で反対せんかったんよ。牧田さんも賛成したって聞いてるよ」と詰め寄られた。
「ちゃうちゃう、ぼくは6月議会での議決の際、ちゃんと反対を表明した」と、流れを説明して誤解であることを納得しては頂いたのだが、採決という形で議会意志はひとつとなる。いくら反対したところで採決結果を無視することはできないのが議員として苦しいところである。
講演終了後、6人が私の事務所に集まった。
よしなしごとの会話が進行していったが、仕事で忙しい私はパーテイションで区切られたパソコンコーナーに入り、CADに専念していた。

散会したあとは、自宅で焼酎晩酌。
妻がまだ帰宅していないので、晩酌のつまみはお袋のひとり語りとなった。
語りといっても、「どこそこのあの人は○○病院に入ってるざ」「どこそこのあの人はもうあかんのやわ」エトセトラで、高齢社会特有の繰言だ。
「うーん、うーん」と生返事を重ねたあと、私は風呂に入った。

昨日、S医院で診察してもらった際の院長のアドバイスあるいは診立てがよかったせいか、体調はすこぶるいい。
脱衣室でネクタイをはずしU首シャツを籠に入れ、メリヤスのステテコとパンツをそっと脱いでから、全裸を鏡でみた。前から後から左横から右横から斜めからみた。
上腕筋・背力筋や大胸筋はまだしっかりしており、腹部も引き締まっている。
何よりも顔が精悍だ。私が女性だったら男性の私に間違いなく惚れるだろうと思った。
というところで、若かった20代・30代の頃私につけられていたニックネーム・「逆三の牧田」を思い出した。
「よおおし再チャレンジや さらなるビルドアップや」、と私は思った。 
○「Dr・S」くん、「悪魔のマーブ」くん。久しぶりの来訪でビールをご馳走してくださり、ありがとうございました。楽しかったです。

 06/11/18 (土)
 昨晩思ったこと

夕食を済ませ、事務所に戻ったら、既に事務所にいたふたりの来訪者が昨今のいじめによる自殺多発をテーマとして話し合っていた。
偶々昼に教育委員会へ行って話をしてきたので、ぼくも会話に加わった。

来訪者のひとりが、「最近は卑怯と言う言葉が使われなくなってきたみたいや」と言う。「おかしい、と思う場面に遭遇しても、保身の為、きっちりと主張しないあるいは見て見ぬふりをする」くらいが卑怯の定義だと思うし、つまりそういう自覚の無い時代が訪れた、ということをそのひとは言いたかったに違いない。

誰でも卑怯な部分を持っているし、だからこそ人間のことを煩悩具足の衆生と呼ぶのだけれども、少なくとも煩悩具足が死語でない限り内省の意識は働いていたはずなのになあ、とぼくは思う。

いじめについて、親御さんたちから嘆きというか苦情というかそういうものをよく聞かされるようになったのは10年くらい前からなのだけれども、20年以上前ぼくが頻繁に参加していた手話サークルで聞かされたことを、今、思い出した。

新しくその会に入ってきた青年Fくんが言う。
「牧田さん、俺はきょうほど自分が卑怯だと思ったことはなかったわ。
昼休みの俺のクラスでやね、数人の男子生徒が特定の子を暴力的にいじめ始めたんや。そいつらがその子を取り囲み、教室の全部の机をずらして押し込んで圧迫したんやざ。その子は青ざめてるんや、そやけど他のクラスメートはただみてるだけや下向いてるだけや。ちくしょう、誰か止めんかい誰か先生に言うに行かんかいと思ったが誰もせん。一瞬、俺が・・と思ったがやっぱりできんかった。俺はきょうほど自分がみじめだと思ったことはなかったわ」と、言う。
終末ごとに沢山の手下を引き連れて三国臨港前の幅広い直線道路を大型バイクで走りまわり警察と追いかけっこをしていた暴走族のリーダー・Fくんの嘆きは今も鼓膜にこびりついている。
その事件の顛末をよくは知らないが、敢えて言えばそういう潜在期間を経て今日の事態が顕在化してきたのだと思う。
良寛の戒語(貞心尼に書き与えた全90条からの抜粋)⇒栗田勇「良寛」より
ー こと多き。
一 口のはやさ。
一 手がら話。
一 話の長さ。
ー 講釈の長き。
一 自慢話。
一 いさかい話。
一 物言いのはてしなさ。
一 人の物言い切らぬうちに物言う。
一 たやすく約束する。
一 ことごとしく物言う。
一 へつらうこと。
一 あなどること。
一 よく心得ぬことを、人に教うる。
一 人の話の邪魔する。
一 酒にえいて、ことわり言う。
一 人のかくすことを、明からさまに言う。
一 推し量りの事を、まことにして言う。
一 さしたる事もなきを、こまごまと言う。
一 よく物の講釈したがる。
一 若い者の無駄話。
一 物知り顔に言う。
一 人のことわりを聞き取らずして、己が理を言い通す。
一 都言葉を覚えて、したり顔に言う。
一 よく知らぬことを、憚りなく言う。
一 わざと無造作に言う。
一 さとりくさき話。
一 風雅くさき話。
一 おれがこうした、こうした。

06/10/17 (火)
 解析

昨日夕刻の来訪者に「はじめまして」と言ったら、「いや、いつもHPを見ているのでそんな気がしません」と言われた。
この画面の左側上部に緑色の数値が並んでいて、ここにマウスカーソルをあてると、きょう・昨日のカウント数及び一週間のカウント数が表示される。
このHP日記を始めて比較的初期の頃にカウンターを設置した。現在のカウンターは確か三代目だ。この間(かん)、一ヶ月だったか二ヶ月だったか二重カウントを許可とした期間があったが、現在も含めてその他の期間は二重カウント防止機能対応としており、累計が表示されている。

さて
管理者のぼくは、時々、パスワードを使い裏画面のアクセス解析を見る。
例えば、昨日のカウント数は286だが、アクセス数は711だった。
その全てのアクセス時刻が網羅されており、これを逐一見るのは疲れるし不可能だけれども、とりあえず時間帯毎の集中度の違いがわかる。
誰がアクセスしているかは勿論わからないが、ごくおおざっぱに言って一人平均二回強/日のアクセスとなるわけで、「掲示板」の書込み状況を見る為、というのもその理由のひとつなのだろう。
地域別訪問の項を見ると、99%が県内からであり、このHPが地域こてこて主義土着型であることを示している。
日々の書込みや管理は時間がかかるし疲れを感じることもあり、正直言ってこのHPを閉鎖しようかと思ったことも何度かあった。
その都度、「いや、これも議員の仕事や、続けるのは義務や」と、自分自身に言い聞かせてきたわけで、これから先、気分が躁の時も普通の時も鬱に入ることもあるだろうが、とりあえず議員をしている間は、続けていこう、と思っております。
Oさん、昨晩は、立派な衝立を三台もありがとうございます。
これで、仕事に身が入ります。


06/11/16 (木)
 なんたって良寛

「サラダ記念日」に入っていたかどうかは忘れたが

「万智ちゃんを 先生と呼ぶ子らがいて
               神奈川県立 橋本高校」
を歌ったのは俵万智だ。
福井市の某設計事務所で打ち合わせをしていた午前中、携帯に次のようなメールが入ってきた。

「水密桃(すいみつ)の 汁吸うごとく 愛されて
                 前世も我は 女と思う  俵万智」

昨晩、ぼくは寝床で良寛をじっくり読んでいて、人間にとって一番大切なものは「愛」だと確信した。「愛」の無い社会は不毛な砂漠地帯だ。相手への思いやり。「愛」はこれにつきると思った。つまるところ、ぼくにとっての「愛」は「人類愛」であり、男女の相愛などは皆目わからない領域である。
しかしメールされてきた短歌をじっと見ていると、なまめかしさを通り越した退嬰の気分が伝わってくる。

相愛の経験を深くは持たない読み手をもまきこんでしまう言葉の力を持っているのが、プロの歌人・プロの詩人・プロの小説家というものなのだろうと、ぼくは思った。
○火鉢に水を張って飼っているメダカの数が何故か減ってきたような気がする。
そこで、童謡「メダカの学校」を思い出した。
♪メダカ-の学校は- か-わ-の-なか-
そおっと覗いてみてごらん そおっと覗いてみてごらん
みんなで お遊戯しているよ-・・

ほのぼのとしたいい童謡だと思うのだが、最近ぼくが小学校3校を訪問したところ、いずれの学校の玄関ドアにも「ご来訪の方は先ず最初に職員室に来て、御用をおっしゃってください」との貼り紙があるのである。
ということは、そおっと覗いていてなどしたら、不審者・変質者のタグイとみなされる可能性があるということだ。せちがない世の中になったものだ。

富津の寒椿!三部作(写真提供W氏・昨冬撮影)

06/11/15 (水)
 二行日記

忙中閑あり
忙中閑なし  であります

06/11/14 (火)
 禁煙三日目

どうしても咳が止まらないので、煙草を止めたら止まった。
禁煙は確かに効果的だ。続けてみようと、思う。

したところが、昼前に議員H氏が来訪。
うまそうに燻らすラークの香りに誘われて二本だけ頂戴した。
何事につけそうなのだが、一本や二本吸ったところで私の軸はぶれない。
「小異を捨てて大道につく」という警句があるがその通りで、私は依然禁煙実行中である。
○数日前の朝だった。
「所長か・・わしやわしや」という電話が入った。「どなたさんですか?」と聞くと「どうわや。しばらく三分間程話させてほしい」と言う。
「貴方の電話は私に対して初めてですか?」と再度聞くと「初めてやがな」と言う。「だったら、先ずはですます調で言うべきじゃないですか。そうでないと私はとても不愉快な気分になる」と言うと、「ですます調で言うてるがな」とですます調ではなく答えるので、「そういう事実ではないことをおっしゃると、私はますます不愉快になる」と答えたら、「やかましい!わしはあんたに説教されるために電話したんと違うでえ」と言いながら電話を切ってしまった。

私はとてもいい加減な人間だけれども、初対面の人に対しては必ず「ですます調」でしゃべっている。それが国語の基本だと思うからだ。
その話をあとで妻にしたら、「あんまり言うたらあかん。はいはいそうですか、と適当にしゃべってたらいいんや」と言われてしまった。


06/11/13 (月)
 黒雲の拡がる朝

午前8時半、空には黒雲が拡がっている。雨になるかもしれない。
今、朝食をすませたのだが、その間に観ていたTVニュースは子供の大人の自殺を次から次へと報じている。マスコミが報じるから連鎖反応的にするのではない。

どのように考えればいいのだろう。
晩酌の折、妻はいつも、「前世代の保守意識が世代交代のボタンをかけそこなったからや」と言う。確かに反省多々である。
世界中で局地戦争や紛争が多発している。しかし、「戦争のない日本は平和である」というのは浅薄な見方だ。少なくとも特に若いひとのなかでの漠然とした不安や葛藤は、社会の重層化に応じてより重くなってきているつまり心のなかで内乱が進行している、と思う。
数年前に読んだ村上龍のエッセイで著者は、「若者の現代における不幸は、ファーストプライオリテイの欠如感覚にある」と語っていたが、そういう意味でも現代の社会に閉塞感が漂っているのは確かだ。
ただ、どうしてもわからないのは、死のうとすることと実際に死ぬこととの間に千里の距離を持つのが人間のはずなのだが・・。
○高級洋酒といえば、誰もが「ナポレオン」を思い浮かべるはずだ。ぼくはまだ飲んだことがない。
知り合いの女性から「ナポレオンをもらったんだけど、うちの旦那はビール党なの.。牧田さん、飲みません?」という電話が夕刻に入り、早速頂いてきた。

事務所に戻り、頂いた箱詰めナポレオンを抱きしめたあと机の上に置き、記念写真を撮った。


写真を撮り終えてからそっとあけた箱から出てきたのは、なんと「黒糖焼酎・長雲」だった。


しかし、それは私にとって快適ないたずらだった。
何故なら、私が一番好きなのは焼酎・なかんづく沖永良部島で青春時代のあれこれをいろどった黒砂糖焼酎なのだ。ありがとう、S女さん。

 06/11/12 (日)
 残り少ないブルーマウンテインを飲みながら

昨晩の10時過ぎに来客があり、3時間程いろいろ話をしていた。
僕のHPを読んでくださっている人なので、パソコン前に座り作成ソフトの入力過程エトセトラを説明し、あるいは「もっとこうしたほうがいい」という適切な助言を頂いたのだが、それはさておき
「牧田さんは24,5歳の頃に戻りたいと思いませんか。あの頃に戻ればやりなおしがきく。」と問われた。

確かに歳を重ねるに従って後悔が積み重なり、あの頃少しは持っていた天真爛漫さは既に消えている。いろんなことで悩んでいる。井上陽水のような功なり名を遂げたひとでも「♪人生が  二度あれば・・」と、豊かな声量で唄っているわけなのだから、我々凡人がそう思うのも自然だ。
しかし、戻るとしても経験を踏まえたままで戻ることは不可能であり、やはり試行錯誤の人生が待っているに違いない。
既にこの世からさよならした友人は「人生において苦しみは持続的や。喜びは断続的や」と常々言っていたが、真実味のある言葉だとぼくは思う。

「人生はB級映画のようなものだ。そう面白いとは思わないが、さりとて途中で席を立ちたいとも思わない」という警句を読んだことがあるが、自分をとりまく環境は全て縁なのだ。そう思うことで、少しはらくになる。
○UPされていた「あわら市HP⇒市民会議室⇒中学校建設問題の(あわら市民Zさん・11/11付)の意見は建築専門家である仲のいい友人の常日頃の意見とほぼ重なる。そういう思いの人も沢山居るのだ。
6月議会は統合を可決した。議会人としてこの重みを無視してならないのは勿論だけれども、かかってくる電話を聞いたり、入ってくるメールやあるいは「掲示板」を読んだりしていると、2校存続の為の選択肢はいろいろあるのだなあと、改めて思う。

 06/11/11(土)
 柿を包丁でむきながら

蟹解禁をニュースで見た。知らないうちに季節はどんどん冬に向かっていく。
日々寒くなっているのだが、昨晩は夜中に何度も寝汗をかいてしまった。

朝くちに遠方の友と電話で話した。「俺に30代はない。若くして散る」と豪語していたしかしもうすぐ還暦を迎える彼から、健康の大切さ・検診の必要性を説かれたのである。
○本日の午前10時半、浜坂・吉崎を結ぶ一般国道305号線・「開田橋」の竣工式が開かれ、ぼくも出席した。生憎の雨で、式はテントのなかだった。
来賓の挨拶によれば、初代「開田橋」の築造は、藩主・松平春嶽公治世下の慶応3年だとのこと。慶応3年といえば、春嶽と交遊のあった橘曙が確か亡くなった年じゃないだろうか。
とにかくその年までは塩水湖であったことになる。

15年ほど前、「北潟区民館」で北潟地区婦人会主催の「北潟湖の汚染」というタイトルの鯖江高専の先生による講演が開かれた。その時、妙齢の御婦人に誘われて聴きに行った。
講演のさなか、「江戸期、北潟湖は牡蠣の養殖場としてとても有名だったのです」と先生は言っていた。ズワイ蟹よりセイコ蟹、セイコ蟹より鯵フライ、鯵フライより牡蠣が好きというぼくは、そのことに感動した。

06/11/10 (金)
 昨日の晩酌

昨夕は学校問題で長い電話をしていた。
相手の某氏は、「市長にしろ議員にしろ所詮みんな使い捨てですよ」と言う。

電話を終えての晩酌時に、この言葉を反芻してみた。
市長にしても議員にしても公僕であり、この「公」は「公共」とか「公務員」とかの熟語としても使われている。

「公」は和語で「おおやけ」と呼ばれるが、語源は「大倉」つまり支配階級である。そして、英語で同語をさす「パブリック」はピープルから派生した語であると、誰かから聞いたことがある。ピープルは勿論人民乃至は民衆だ。

してみると、前者的理解は時代錯誤であり、後者的理解の立場で「公」イコール「民意」を「使い捨て」という言葉で強調したかった某氏の気持ちがよくわかる。
ま、だからこそ、選挙が民意の反映であってしかるべきということになるのだろうけれども、一方で、「選挙のことを考えての政治的な立居振舞いは見苦しく、眼前のものごとを理念・信念で考えてほしい発言してほしい」というのも某氏のメッセージであったと思う。

というようなことを考えつつ晩酌を終えようとした時、統合中学校建設検討委員会に入っているひとから、「参加はしているけど決して裏切らないから」という携帯コールが入った。
目の前のTV・アジア野球シリーズ=日本ハムvsサムスンでは、日本ハムが大量にリードしていることもあって、なんとなく愉快な気分になり、いつもはコップ一杯しか飲まない焼酎の二杯目に手がのび、ほどよく酩酊した。

06/11/09 (木)
 思ったこと

昨日の午後は「坂井地区介護保険広域連合議会」が開かれた(資料については、後日、UPします)。
夕刻に事務所に戻り携帯をチェックするとふたりのひとからの着信コールが複数回入っていた。当然のことだが、全協や会議は既に携帯遮断となっている。
「なるほど、こういう時に携帯メールが威力を発揮するのだな」とその利用価値が改めてわかったのだけれども、私の場合は読めても書けない。少なくともスムーズに親指を動かすことができない。つまり片手落ちなのだ。

ところで、(高学年なのだろうが)今の小学生達の30%程はその携帯メールを使用しており、パスワード付きのブログを持っている子もクラスに数人くらいづつ居る、ということを仄聞した。そして子供達の間で非難中傷がある、ということを仄聞した。詳細はわからないのだが・・。

仄聞した時、昨年夏の教育厚生常任委視察研修での岐阜県下呂市・萩原小学校訪問を思い出した。
下呂市の教育長は、市内で採用した「グループウエア・ネットワークによるこども達への教育システム」を語っていた。いろいろ質問した際の答えの全てに納得したわけではないけれども、「IT社会のなかでは、初等教育段階でのそういう防御体制が、好むと好まざるとに関わらず必要になってきたのかも知れんなあ」という感想を持ったのを、昨日のことのように思い出した。
○この時勢にちょっといい話(青空文庫から)

06/11/08 (水)
 晴れの水曜日

深夜ラジオが昭和48年頃にヒットした歌謡曲を流している。
麻丘めぐみの「私の彼は左きき」、アグネスチャンの「草原の輝き」、南沙織の「色づく街」エトセトラだ。
あの頃に戻りたいとは思わないけれども、体力だけは元気だけは確かにあったしギラギラもしていた。あれから幾星霜である。

椎名誠が、確か「モンパの木の下で」のなかで
「若い時は カラダの傷はすぐ癒えるが ココロの傷はなかなか癒えない
歳をとると ココロの傷はすぐ癒えるが カラダの傷はなかなか癒えない」
と書いているが、私の場合は、どちらもなかなか癒えない。

30過ぎに独身生活に別れを告げた。
結婚して子供をつくり、配偶者の立場と父親の立場が自分の人生の役割に付加されたが、あるべき夫の姿がよくわからずあるいはあるべき父親の姿もよくわからないままに歳月だけが過ぎていった。三人の子供達幼少の頃はキャッチボールをしたりお手手つないで野原を歩いたりしていつも一緒に遊んでいたがそれ以上には親としてこういう責務を果たしたという自覚のないままに歳月だけが過ぎていった。
しっかりした父親でなくて申し訳なかったという気持ちと、これはこれでよかったのだという気持ちが相半ばするのが現在の正直な気持ちなのだけれどもそれはそれとして
最近の子供達の心を親から聞いたり本を読んだりして密かに観察するにつけ
個別を通り越した時代状況がこども達の胸にある小さな悲鳴を荒っぽく飲み込んでいっているような気がして仕方がない。「いじめ」や「自殺」満載の社会面がこれから先ますますトーンアップしていく気がして仕方がない。

昨日の昼、市外の、あるベテラン教師OBの御自宅を訪れた際、「学校問題の本質は、ハードウエアとしての施設や名前などではなくて規模ですよ。自宅からの距離の適正さですよ。人数ですよ。きめの細かさですよ」という熱意のこもった言葉を頂いた(昨日の日記に参考までにのリンクを貼りました)。

付け加えるならば、「教育」ではなくて、「共育」・・これがこれからのキーワードだと私は思っている。

06/11/07 (火)
 横文字だらけ日記

昨晩は客人ふたりが遅くまで事務所にいて、いろいろむつかしい話をしていなさった。それを尻目に私はCADに専念していた。
いつもは8時過ぎに寝るのだが、昨晩の就寝は午後11時くらいだったかな。
しかし、習性というのは恐ろしいもので、やはり午前3時には目が覚めてしまった。
外に出た。ダーバンのコートをはおり、竹田川河畔をひとり歩いた。
小魚の跳ねる音が鋭く耳をうつ。闇は聴覚を鋭敏にするのである。
枯葉が肩に舞い落ちてくる。

若かった頃、セーヌ川河畔で、シャンソン・「枯葉」を恋人ハイジと一緒によく口ずさんだものだ。私と違って音痴だった彼女はしかしとても愛らしかった。小指と小指をからませながらの接吻の時、彼女(島倉千代子ではない)はいつもうっすらと目を閉じていた。
当時の仏大統領・ドゴールも今は既に鬼籍のひとである。思い出したが、ドゴール暗殺を企てたハードボイルド映画・「ジャッカルの日」(F・フォーサイス原作)はとても面白かった。無口なテロリスト・ジャッカル。ジャッカルの試みは失敗するのだけれども、陰影のある横顔がすごく格好よかった。

画家志望の私を狂おしいほどに魅了したモンマルトルの丘を持つ街パリ、モナリザが謎めいてほほえんでいるルーブル美術館を持つ街パリ、シャンゼリゼ通りにあり夕暮れにはいつも若い恋人たちの溜まり場となっていカフェテラスで私の行きつけだった「ラ・グルノーブル・オリンピッカーナ」は今も昔のままなのだろうか。
うーん、そういえば
ふるさとの 社(やしろ)の裏の 貝塚は
             今も昔の ままなるらんか

永井麟太郎に、本日のケーブルTV29CH「中学校建設検討委員会・全体会」で誰かが言及していた。


・・・というような青春が私にあったとしたならば、もうすこしダンデイな中年になってもてていただろうにと、半生を悔いながら歩き続けた。

天空を見上げれば漆黒だ。風がひゅうひゅうとうなりをあげている。冬が近いのだろう。
○岐阜山中別荘オーナーからメール添付写真が入りました。(クリックで拡大)

参考までに

06/11/06 (月)
 やや鬱気分

「バグダッドのイラク高等法廷は5日、1982年に同国中部ドゥジャイル村のイスラム教シーア派住民148人を殺害したとして人道に対する罪などに問われた元大統領サダム・フセイン(69)ら8被告に対する判決公判を開き、フセインに対し求刑通り絞首刑による死刑を言い渡した。元国家元首が同罪で断罪されたのは史上初。イラクは2審制で、1審が死刑判決の場合、自動的に上訴審が開かれる。独裁者フセインは、国民の手で裁かれたが、・・・中略・・・ドゥジャイル事件は82年、同村で起きたフセイン暗殺未遂事件の報復として村民148人が殺害されたもの。2005年10月の初公判から1年余りというスピード判決で、アブドルラフマン裁判長は「フセインは村民の殺害、拷問に関与した」と断じた。フセインは裁判長に対し、「神は偉大なり」「米国と米国の代理人こそ人道の敵だ」などと叫んだ。」(YOMIURI ONLINE)を読んだ。

フセインが最後に思いを叫んだ、ということは弁護士が居なかったのだろうかあるいは被告が弁護士を付けなかったのだろうか、と一瞬思ったが、判決自体は大方の予想どおりのものだろう。スピード判決の背景に高等法廷が米中間選挙を配慮したということがもしかしたら付け加えられるのかもしれない。
2審制の意味がよくわからない。仮に被告が判決を受け入れていたならば、自動的な上訴審に意味はないと思うのだが・・。
○高校の未履修問題が世間を騒がせている。ぼくが高校を卒業したのはもう40年も前のことで、必修の「世界史」授業を受けたのかどうか・・。
「好き=日本史」、「嫌い=世界史」という併記の思い出が残っているので何となく受けたような気がするが、記憶が曖昧なので、近いうちに母校へ行って聞いてこようと思う。
もし、卒業していないということになると、大卒の資格も曖昧で、つうことは一級建築士受験資格も本当はなかったことになり、ぼくが設計の仕事をしてきたこと自体が問題となる。選挙の届出で提出した履歴はさしずめ公文書偽造だろう。

世のエライサンがた、例えば医療の世界では偽医者が横行していることになり、一部の裁判官は無資格で金槌たたきながら「あんたは無実や」とか「あんたは死刑や」とかの判決を下していることになる。早い話が、生徒を教える教職の世界にも偽教師が沢山いて彼らが高校指導要領破りを実践していたという構図もありうる。
資格とは、それほどに表面的なものでしかないということだろう。

06/11/05 (日)
 快晴の日曜日

午前2時過ぎに目が覚めた。
既に11月に入っているので当たり前なのかもしれないが、夜は冷える。
とりあえず何か書こうとパソコンの前に座ったのだが、微熱を感じあるいは咳が断続的にでるので、再度寝ることにします。
○「福岡・筑前町のいじめ自殺で調査委設置へ 教委、遺族の参加拒否」の新聞見出し記事を読んで??!!と思った。
例えば岐阜で自殺した少女の場合、初めに学校当局が遺族に対していじめの存在を認めたにも関わらず、後にそのトーンを翻した背景に教委の圧力があったろうことは、誰でも容易に推測できる。であれば福岡の遺族が「ことを隠蔽する為じゃないか」と危惧するのは当然だろう。
記事の中身によれば、調査委は「前略・・いじめと自殺に因果関係があるかどうかを第三者の目で明らかにするのが目的」と言っているのだが、氏名を公表されない第三者とはどうせ学識経験者とかあるいは町のアテ職だろうし、裏読みすれば、遺族の被害者意識を過剰に声高に出してほしくない公平性にもとる、というのが本音だろう。
しかし、「学校と家庭の緊密な連絡」をうたい文句にしてきた教育行政のはずだ。これはおかしいと思う。
親として苦い経験をしている私自身の感想だ。

 06/11/04 (土)
 シルエットの世界

昨日の夕刻、久しぶりに竹田川のほとりを歩いた。ゲルベゾルテをすいながら雑草の上にいずかった。
落ちる夕陽は大きくて真っ赤だ。その夕陽を、ねぐらを目指す沢山の雁の黒い陰が横切っていく。真紅と黒の対比が絶妙で素晴らしい。自然は偉大なのだ。

雁は無心に飛んでいる。地動説で言うと、太陽は無心に地球のまわりを廻っている。雲は無心に流れている。竹田川の川面を跳ねる鯉も無心に泳いでいる。傍らのコスモスも無心に花々を咲かせている。ため息のでるような感動の束の間の時間から我に戻って考えた。
無心というのは揺るぎの無い生き方である。何故我々人間は無心に生きていくことができないのだろう。
○知人からの電話で、久しぶりに宮谷石切場跡に入ってきました。夕刻だったので、写真ではわかりにくいかも知れませんが、背をかがめながら約30mの坑道を通りぬけると、いやあ、相変わらずダイナミックな空間が拡がっていました。私が密かに「旧金津三大風景」と名付けているもののひとつです。
石を単なる無機物と思ってはいけない。「石は語る」のです。



06/11/03 (金)
 きょうは文化の日

昨日の午前中は葬儀に出席した。
午後一番で自治会館へ。「国保運営協議会・市町助役合同研修会」が開かれ、厚労省保険局健康保険課 課長補佐・土佐和男さんの講演「医療制度改革と収納対策について」を聴く。
どちらかというと担当課を対象とした実務的な話が中心で、ぼくにはむつかしかった。夕刻に事務所に戻り、CADに専念。来客三人あり。

8時前、自宅に戻り日米野球・巨人vsMLB選抜をTV観戦しながらのひとり静かな夕食。巨人がリードしているので「なかなかやるわい」と思っていたら、9回、簡単に同点とされてしまった。「さすがMLBや」と感心しているうち、突然悪寒が体を走り吐いてしまった。
風邪気味なのだろうと思いはやばやに就寝し、夜明け前に起床。
気分がとても忙しく、頑張らなければと思いながら熱々珈琲をすすっている。

06/11/02 (木)
 「市民会議室」に入った最近の投稿を隈なく読んで

昨日、「市民会議室」の投稿をじっくりと読んでみたら、したり顔で事実誤認を書き込んでいるのがいくつかあって驚いた。

・Re:中学校建設問題で思うこと(きさらぎさんへ)
投稿者 ジャッカル
投稿時間 2006/10/26 20:38:46
内 容
「前略・・最後に「きさらぎ」という投稿名は、以前に別掲示板でよく投稿しており、2校派市議たちの共同投稿名と言われています。確かに同一人物でない複数の市議が投稿しているかと思われます。そのような公の方が上記のような扇動投稿をしているとしたら、あわら市として大変残念なことです。」

・Re:Reそれなら議員から実名投稿して
投稿者 あわらを憂う市民
投稿時間 2006/10/21 19:58:07
内 容
「前略・・投稿名のことをいうなら、2校派議員達が複数の投稿名でここや別掲示板で投稿している。それはどうなのだ。」

・Re:Re:Re:Reそれなら議員から実名投稿して
投稿者 あわらを憂う市民
投稿時間 2006/10/22 0:42:47
内 容
「前略・・あなたは議員ですよね。自分のことを「あたし」という2校派議員が1名おります。以前「あたし」と言って投稿してましたし文体も某議員と同じです。」

・Re:きさらぎさんへ
投稿者 あわらを憂う市民
投稿時間 2006/11/01 20:24:58
内 容
「前略・・最後に、自由な言論(ちょっとオーバかな)を名誉毀損とは脅しですか? きさらぎさんについては2校派の共同投稿名で議員達を含む複数の方が投稿されていますよね。別掲示板を含めて過去のきさらぎさんの発言を読まれたどうでしょう。私の発言が名誉毀損ならきさらぎさんの発言にも名誉毀損が多くある。・・後略」


「掲示板」の投稿者はおおかたが匿名なのだから、書かれた文章自体についてのみお互いが賛否を書けばいい。つまり書き手を詮索することなどマナーを超えている。超えていても相手を詮索し特定したいのがあなた方の性(サガ)であったとしてもあるいはあなた方の無知のせいであったとしても、あてずっぽうを書くのはよくない。
こういう間違った書き込みをすることで、結果としてあなた方の意見全体の品位を落としこんでしまう。
老婆心ながらそう申し上げます。

06/11/01 (水)
 きょうから11月

○連日マスコミを賑わしているテーマと言えば「教育問題」だが、その功罪はともかく、教育界には聖域として一般社会から隔絶している部分があり、現場でしかわからないことも沢山あると思う。

社会現象をハスに構えて書く雑誌に「週刊新潮」があり、その10/26号で小野田正利というひとが、「学校をダメにするイチャモン父兄」というタイトルの記事を載せている。
筆者によると、<前略・・昨年12月に文部科学省から発表された、2004年度・公立小中高校などの教職員の「病気休職者数」は6308人、このうち「精神性疾患による求職者数」は3559人(病気休職者数の56.4%)にのぼり、過去最高を更新しました・・後略>と書いたあと、呆れた実例をいろいろと挙げている。
そして中ほどで
<今、教職員の間では、「のむ、うつ、かう」が流行っているそうです。「のむ」は酒でも飲まなければやっていられないほどのきつい状況があるということ。「うつ」は賭博ではありません。鬱病のうつです。最後の「かう」はもちろん女性と遊ぶ意味ではなくて、宝くじを買って1等の3億円なりが当たったら、学校を辞めてやる。そういう意味なのです>と書いている。

管理体制側からは現場に関してそれに似たようなことを聞いているし、逆に保護者側からは特定の教師達に対する不信をかっていろいろと聞いた。又、現場教師からは「教育委員会には黙っていての」と言われたこともある。
社会が窮屈になってきたことの反映がここにある、とひとまずは言えるだろうが、しかし教師がこういうやけ気分になっていった場合の最大の被害者が子ども達であることは言うまでもない。

中学校問題で感じていることだが
教師に求められる質の向上というのは、ナントカ塾(名を忘れてしまった)で、講義を拝聴することでもなんでもない。等身大で子ども達に接している現場教師が自然体でその思いを校長に言うことであり、校長が過不足なくそれを教育委員会に報告することであり、報告を受理した教育委員会が、任命権者ではあっても上司ではない市長に対して現場の思いをしっかりと答申することである。
今回は、そこにいささかのねじれがあったのではないかと、ぼくは思っている。

市長の表明を議会は多数決で承認してしまった(その裏にどういう動きがあったかについての情報をぼくは克明に記録して金庫に保管しているが、ここでは書かない)。
結果として「議会なんかあてにならない」という、組頭氏事務局代表の「2校を守る会」という市民組織が起ちあがったのは、理の当然だろう。
○S女さん、本日は久しぶりにお会いできて嬉しかったです。又、手土産ありがとう。じっくり味わいたいと思っております。