2009年03月


09/03/31 (火) 明日から新年度


★本日は3月最終日で、明日から新年度が始まる。
例えばあわら市職員の異動も発表済みであり、昨日市役所に行った時は、心なしかあわただしさを感じた。
知人の新聞記者は、きょう福井を離れ新転地に着くはずだ。


というような諸々が新年度の裏側にはあるのだが、私は半生のなかで異動や転居を経験したことがない。60年間のうち、神戸で過ごした6年を除く54年間を、ここあわら市花乃杜一丁目で過ごしてきた。出不精で、議員としての視察研修を除いたら、他県へ出たことが殆どない。つまり、地域のこと以外はなんにも知らないフレッシュ感の片鱗もないコテコテおじさんだ。
けれども、事務所へはよくひとが来る。ひとが集まる。実はそのひとたちとの話で、自分に必要(と思われる)な情報は充分という気がする。


ともあれ明日からは新年度。新たな気持ちで歩んでいこうと思います。


★今朝は友人Sくんが来訪。同い年なので、これからの生活を話し合った。というよりもいろいろ教えていただいた。友人とはありがたいもので親身で相談にのってくださる。
なんのとりえも無い私だけれども、「ひとに感謝する」ことだけは忘れないぞ、と思った時、宮澤賢治が脳裏に浮かんできた。


「雨ニモマケズ」    宮澤賢治


雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラツテイル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキ小屋ニイテ
東ニ病気ノ子供アレバ
行ツテ看病シテヤリ
西ニ疲レタ母アレバ
行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニソウナ人アレバ
行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクワヤソシヨウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイウモノニ
ワタシハナリタイ


★20世紀の巨人のひとりが、カール・マルクスであることは左右両翼を問わずの常識だ。主著「資本論」を私は勿論読んでいないが、小冊子の幾つかくらいは読んでいる。議会最終日の異様を目の当たりにして、共産主義者ではない私は、しかし、マルクスの言葉を思い出してしまった。


その言葉とは
「ヘーゲルは言った。<歴史は繰り返す>と。<一度目は悲劇として、二度目は喜劇として>と、彼は付け加えるべきだっただろう」がある。
マルクスがここで言う「1度目」はナポレオン・ボナパルトのブリュメール18日クーデター、「2度目」はルイ・ボナパルトのクーデターで、後者をナポレオンのクーデターの二番煎じとして茶化している。



09/03/30 (月) 新しい週が始まった


★さて、昨日は、福井商工会議所会館で民主党福井県連定期大会が開かれた。午前11時から午後5時までという長丁場だった。
済んでから国会議員・県会議員といろいろ話した。
我々が市議どおしで話していてもよくわからないテーマが多々ある。その意味でこういう会が意思の疎通を測ってくれる場となる。いろいろ収穫の多い一日だった。


帰宅し、一日を整理するレジュメをつくり夕飯をすませてから布団にもぐりこんだ。
闇のなかに浮かびあがる天井をじっと見つめていると、いろんな不安がじとっと出てくる。これから自分はどうなるんだろうかという、未来に対する不安。
けれどもそれを打ち消す感情・ケセラセラがすぐに交錯する。
なんつうか
自分は一度死にかかり幽体離脱を経験した人間だから、それに比べれば現世なんてどうってことないなあ、という思いがケセラセラという感情を誘発するのだと思います。


★本日の午前中はあわら市庁舎にいたが、実にいい天気だ。午後は時間があったらしばらくの間でも自宅廻りを散歩したい。
昨晩から鬱気分になっているので、少しでもそれを払拭したいからです。


街に出て知り合いのひとに会うと「ケーブルTVを見たが、あの無茶苦茶はなんでや?」とよく聞かれます。しかし、附帯決議案にしろ市長問責決議案にしろ私はその提出に賛成したわけではなく反対側に立ったわけだから、「・・なんでや?」と聞かれても答えに窮します。
私は思うのですが、次の議会にもいたいという色気をもっていたらなんにもいえんでしょう。だんまり戦術をとるだけです。でもそういうひとたちって男からみても男の魅力がないです。
私は脳内出血の発作を起こして以来、バカでありつづけていますが、ひとの魅力ということに関してのアンテナだけは持っているつもりです。

09/03/29 (日) 夕食の前に


★また日曜日がやってきた。日曜日だからといって生活が変わるわけではないけれども、電話や訪問客がない分だけゆったりした気分になることができるのは事実だ。


昨日の朝は心臓リハビリの先生をしている友人が事務所にやってきた。
著書をしたためたり各地を講演で巡回したりするいわば権威のひとなのだけれども、彼から、「できるだけ直射日光に身をさらすことが大切」といわれた。


そこで、事務用椅子のひとつを駐車場に出し陽光とたわむれていたが、確かに気分が上昇した。そして、数十年前、存命だったうちのじいさんとばあさんが、縁側の陽だまりのなかで熱い茶をすすっていたのを思い出した。


日本家屋から姿を消しつつあるもののひとつに「縁側」がある。「縁側」は屋外と屋内の間に存在する結界だ。結界としての「縁側」が日本人の行動様式、ひいては意識そのものの原点となっていたのは疑いない。


★本日はほぼ一日中福井市内にいた。内容については明日報告したいと思うが、事務所に戻った時、柱時計の針は既に6時を過ぎている。
洗面所で洗顔し歯を磨いた。そしてうがいを三度した。


今年になってから私が変わったことののひとつに清潔好きになったことが挙げられる。仕事机の周囲にゴミが落ちているとそれだけで気がなえる。周囲のゴミを全て片付けないと仕事にとりかかることができない。
昔から清潔好きではあったけれども、極端ではなかった。しかし今はマニアックに清潔好きとなってしまった。こうなると神経症になりがちなのは目に見えている。
もっとおおらかでありたいと思う。


★さて、「市政関係掲示版」に目を通したら、今議会の29チャンネル放映のことが書かれていたので、私のブログにも書き込みました。
余談ですが
あわら市議会・一般質問が29チャンネルで放映されるようになったときの第一号が私でした。しかしその時に小さなルール違反を犯してしまったのです。今、思い出しても冷や汗が出ます。

09/03/28 (土) 久し振りのゆったり気分


★広島原爆展を米国内で巡回展示しているひと(米国人男性)の語りを深夜ラジオで聞いていた。聞いているうちに二十数年前を思い出した。


福井県立美術館で丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」展が開かれた時、その展についてのデイスカッションが催された。デイスカッションの司会を頼まれた私には気になることがひとつあった。


我々は、どんなに悲惨なものであろうとそれが人類の愚かさに起因するものである限り直視する義務を持つ。しかし園児などが例えば「原爆の図」で悲惨を感じることはその子の将来に於いてどういう意味を持つのか、つまりプラスなのかマイナスなのかというものだった。
当時園児だった私の息子の通っていた園の先生方をはじめとした何人かにアンケートを実施し、その回答を福井県立美術館に持って行き、丸木美術館の事務局のひとにいろいろ申しあげたのを覚えている。


ともあれ、原爆が悪魔の兵器でありその廃絶が人類の義務であることは、決して左翼のスローガンなどではなく、左右両翼を超えた人類の問題である。


★今朝の7時。
私は、北潟幼児園の玄関先に立った。



赤い椿の花がとても美しく、昔は嫌いだった都はるみの「アンコ椿は恋の花」を思わずくちずさんでしまった。


「アンコ椿は恋の花」
(星野哲郎 作詞    市川昭介 作曲)
三日おくれの 便りをのせて
船が行く行く 波浮港
いくら好きでも あなたは遠い
波の彼方へ いったきり
あんこ便りは あんこ便りは
あ・・・・あ 片便り


三原山から 吹き出す煙り
北へなびけば 思い出す
惚れちゃならない 都の人に
よせる思いが 灯ともえて
あんこ椿は あんこ椿は
あ・・・・あ すすり泣き


風にひらひら かすりの裾が
舞えばはずかし 十六の
長い黒髪 プッツリ切って
かえるカモメに たくしたや
あんこつぼみは あんこつばみは
あ・・・・あ 恋の花


★本日の午後に某大手新聞の記者から電話が入った。3月いっぱいで転勤だという。
一緒に喫茶店へ行った。香ばしい珈琲を飲みながら四方山話を語り合った。
「会うは別れのはじめ」とはよく言ったものだ。「お元気で・・・又会おう」と言い堅い握手をして別れた。

09/03/27 (金) 手話


★昨晩の事務所は、手話サークル定例会の日だったのでひとが沢山来ていた。途中、空腹を感じたので、自宅に戻りついでに風呂を浴びてから事務所に戻った。
話題が「桜花見をいつするか」に変わっている。
聞いていて(じゃなかった、見ていて)、「一年はすぐに巡ってくる」と思った。


みんなが帰ってから、ひとりソファに座り、三十数年前を思い出していた。
三十数年前に手話を学び始めた。それから今までにいろんなことがあった。私の妻も手話仲間だったのだから、その意味でも手話と私の人生には深い関係がある。


音声言語がデジタルであるのに対して、手話言語をアナログとみるひとが多いだろう。
しかし、アナログの部分もあるが、根幹はやはりデジタルである。何故かを説明すると文章量が多くなるので、これを省くが、とにかくそうなのである。
手話はマイナーなものだが、私は、マイナーなものにこそ真実があると思っている。
いろいろしなければならないことがあって、手抜き的手話人生を送ってきたが、余生を再びこれに向かって頑張ろうか、とも思っている。


★本日の午前中は、坂井市三国町陣ケ岡で打ち合わせをしていた。陣ケ岡は三国町のなかでも高台に位置する場所なので空気がおいしい。加えて白山連邦が鮮やかにみえる。自然は我々煩悩具足の衆生を大きく包み込んでくれる。


「愛と自然」・・これが人類のこれからの指針であると、私は思うのである。

09/03/26 (木)  昨日の一日


★昨日は携帯電話をずうっとドライブモードにしていたので、全ての電話に一切でることができず申し訳ありませんでした。もとはといえば一昨日のロングラン的本会議の影響によるものです(・・笑・・)。
なお、3月議会のケーブルテレビ放映は4月5日から始まるそうです。


★今朝午前7時のフルーツ道路。
丘陵地は雪で真っ白だった。3月末の降雪は近年珍しい。



★このところ分刻みの生活だ。昨晩も市外某所にて挨拶をした。
学校問題についての質問も受けたが、もう定番みたいなものだ。
マスコミの影響力にはすごいものがある。


と思いながら窓外を見遣ると、どんよりとした曇り空。
議会事務局に電話をしたら、「本日発令の人事異動表がメールボックスに入っている」というのでとりに行った。
人事異動表を見ると、議会事務局長・園道さんが、総務部長に転任となっている。園道さん、今までご苦労さんでした。これからは、総務部長として頑張ってください。

09/03/25 (水) 昨日は議会最終日


★昨日は議会定例会最終日。
午前9時半に全協(全員協議会)が始まり、本会議が終了した時、時計の針は午後9時近くを示していた。
本会議の冒頭には、@「体育館を改修と明記する付帯決議案」が提出され、議案採決後の、本会議終了直前にはA「橋本市長に対する問責決議案」が提出された。本日の新聞にも出ている。そういう意味では、荒れた議会最終日だった。


私自身は決議案@に反対する旨の討論を行い、決議案Aに反対する旨の討論を行なった。余談だが、11月臨時議会での討論の際には演壇まで行く足どりが覚束なかったが、今回はそういうことが無かった。病みあがりであるかどうかの差は大きかったのである。


一昨日にも電話取材を受けたが、昨日は会議の休憩時間休憩時間にマスコミ各社からいろいろ聞かれた。とにかく、疲れの残るながい一日だった。


「付帯決議案」や「問責決議案」の字面にも納得できないものを感じたが、より背後にあるものをいろいろ考えてしまう。
何故改築したら駄目なのかのアカウンタビリテイが一貫して全くないことを考えると、決議案の提出は二年前の市長選のしこりでもあり、今度6月に予定されている市議選に対するパフォーマンスでもあると思ってしまう。


しかし、中学校整備問題は「良好な教育環境の実現とそれを財政が担保できるかどうか」に集約されなくてはならないのである。我々は市長のために学校整備を考えるのでもなければ、議会自身のために考えるのでもない。一重に未来の宝であるこども達にとってどうかを判断の基準とすべきなのだ。


閉会に当たっての市長挨拶のなかに、
「・・・最近、旧金津町vs旧芦原町の対立をあおる声を聞くがそれは不毛をつくるだけで進展を拒むものである。私は旧金津町にもくみしないし旧あわら町にもくみしない。私の目の前にあるのは、あわら市民だけである。・・・」というのがあったがすぐれて正論だ。
皆さん、大きい度量をもちましょう

09/03/24 (火) 深夜に珈琲を飲みながら


★ 朝には紅顔ありて、夕べには白骨となれる身なり      南無阿弥陀仏


昨日会った若い男のひとから蓮如のこういう言葉を聞かされて大変驚いた。まだ40才代である。
「こういうのが人間の実相であるのだから、現在は明日のために存在しているのではない。現在はかけがえのないもの。一瞬一瞬で自分をごまかしたら、残るのは後悔だけでしょう。」と言い切る彼の目は澄んでいた。


今年還暦を迎え60才代となった私は40才代の男性に諭されたのであるが、それは心地よい体験であり、敢えて言うならば年齢も又虚ろなものである。


馬食を重ねた年齢ではなく、心に潜む年齢が大事、というところか。

09/03/23 (月) 月曜日の早朝に


★カウンターの調子がおかしいので、撤廃しました。今は忙しいのでできませんが、数日以内に新しいカウンターを設置するつもりです(最近の傾向がわかったので、カウンターがなくても構わないですけどね)。


★いつだったかたまたまなのだけれども、TVをつけたら29チャンネルは3月1日に芦原観光会館で行なわれた(旧金津町と旧芦原町が合併しての)あわら市誕生5周年イベントの模様を放映していた。そして最後の挨拶で橋本市長は合併の持つ功罪を語った。


昨日、ある場所での座談会で某国会議員の話を聞いていて合併の話になった時、そのことを思い出したのだが
合併すれば財布はひとつになる。旧芦原町がどうの旧金津町がどうのといった個別の利害を超えた全体俯瞰を最上位に持っていかなければ、ある種のいがみだけが残ってしまうことになる。
合併がいがみやしこりを残すのが事実であるとしても、我々は広範な視点で行政をみていかなければ、先行きが真暗になってしまう、と思うのである。


★今朝はやく私は「えち鉄本庄駅」に立っていた。



高校生が足ばやに、ホームに入っていった。もうすぐ電車が入ってくるのだろう。
私は、大正年間建立と思われるこの「本庄駅舎」が大好きだ。


その足で「あわら市庁舎」に行った。私はほぼ毎朝行く。市職員たちの間に「よし、きょうもやるぞ」という気概がオーラとして出ているかどうかをみるためだ。

09/03/22 (日) 風の強い朝


★午前中は清滝にいた。棚田が青く色づいてきている。



まだ風は冷たかったが、日本の春のただしい里山風景を、おにぎりをほおばりながらひとりみていた。


★昨日の来訪者のひとりからも言われたが、このホームページのカウンターの状態が、ここ数日おかしい。何故おかしいのか私には全然わからないが、もうしばらく様子を見て、カウンターを取替えることも考えたいと思っている。


★昨日の土曜日は千客万来だった。最後の訪問客が、「牧田はんは、今、どうもならん男と言われている」と言う(・・笑・・)。


あげられた理由のひとつが「市政関係掲示版」をこのホームページに載せていることだ。
もともと10年ほど前にホームページを開設して一年間ほど経ってから周囲の勧めもあって、この掲示版をつくった。もっと素朴なかたちでの意見交換が数年前まで続いていたが、中学校問題が浮上してからトーンが変わってきた。市が「掲示版」を廃止したことも変化の理由のひとつとして挙げられるだろう。


数年前、私自身は「掲示版」への書き込みを止めた。さらに管理運営を、信頼するあるひとに変わってもらった(管理運営とは出会い系サイトや中傷記事の削除などをいう)。私が夜型人間ではないということや、長期入院をしていたことによる。
管理運営を肩代わりしてもらっているとはいえ、「市政関係掲示版」をここに載せている以上、最終責任は私にある。


時々私も覗くが、確かに「??」と思われるような書き込みもある。
そのような時に私が思い出すのは
「私はあなたの意見や書き方に反対だ。しかしあなたが書く意見や書き方の公開を保証することがもっと大切だ」という誰か(誰だったか忘れた)の言葉です。

09/03/21 (土) 土曜日の朝


★昨日の日記に書いた「・・何が何だかわからない・・」とはどういうことをさしているのか。
という電話が入ってきた。


3月19日の再開教育厚生常任委員会での審議模様のことです。
委員会を傍聴していて「??」と思った。
付託議案に対する質問が一切無いままに質疑が終了した。これは審議をしないままに委員会が終わったいうことだ。


理事者側提出の議案は議運によって審議の付託先が決められるが、審議そのものは住民代表である議員がきっちりとする義務がある。


★今朝は快晴だ。なんとなく北潟湖が見たくなり車を走らせた。



紺碧の空をいだく北潟湖は気持ちがいい。
東側湖岸のサイクリングロードからレインボウブリッジを望み一枚撮った。


★先程まで、福井県国際交流会館にいた。
他市の県議・市議と共に糸川さんを囲んで話をしていた。衆院選は7月の中旬か任期いっぱいのどちらかになるのではないかということだった。
いろいろと忙しい日々が続きそうだ。

09/03/20 (金) 朝に思う


★人間である限りいろんな日がある。すがすがしい日もあれば鬱に感じる日もある。


しかし・・・・
昨日は何が何だかわからない日となってしまった。私のアタマでは到底理解できない日となってしまった。


★曇天の朝だ。空を見上げるだけでうっとうしくなる。空とは即ち銀河系でそれらを包み込んでいるのが宇宙だ。宇宙は天文学的な大きさを持っているのだけれども、無限ではない。じゃあ、その先には何があるのだろう。
というようなことを考えているとアタマがパニックになる。


★禁酒を始めてから一週間が経過した。禁煙を始めてからは既に五ヶ月を経過している。まるで修行僧のような生活をしているのだけれども、不思議とそれが苦行には感じられない。
「何が楽しみで生きているのか?」と言われる方もいらっしゃるが、要は考え方の問題だ。ひとには瑣末的と思われるようなことでも、大事に大事に育てていけば自分にとっては大きな楽しみとなる。


★本日の夕刻。
大きい治療にとりくんでいる女性と話をしていた。そのひとが口に出す不安・心配のエトセトラがよくわかる。それは一重に私も大病を患ったからだ。患ったことでわかるのは、言葉ではなくて言葉の背後にあるものだ。言葉の背後にあるものを言葉で説明することはできない。
その意味ではとても貴重な体験だったといえる。

09/03/18 (水) 昨日の一日


★夕刻に仕事の手を休め、富津地区のヤブツバキを見る為に車を走らせた。



堪能して事務所に戻り、パソコンのスイッチをONにして私のHPを開いたら、クリック数がΣ45万を超えている。
駄文につ付き合ってくださる皆さん、ありがとうございます。
今後も議員でいる間は「議員日記」を書き込み続けるつもりですので、よろしくお願い致します。



★昨日の午前中は金津幼稚園の卒園式と



金津小学校の卒業式に出席した。




この子たちが社会人となる頃に私が生きているかどうかは知らないが、いい世の中であってほしいと思う。


★午後1時半からは、「教育厚生常任委員会」を傍聴(傍聴者が多かった)した。冒頭、某議員から3月9日の山川議員の一般質問に対する橋本市長答弁の真意を聞く質問が出て、それを皮切りに各委員からの市長に対する質問が相次いだ。一時間を超した時点で委員長が暫時休憩を宣言した。
再開後、「納得できないので審議を拒否する」という意見が出た。裁決で委員全員が賛成し、会は閉じられた。


発言権の無い傍聴者であった私だが、敢言するならば
@質問自体に私はいくつかの不可思議を感じたが、それよりも
A納得できないのならば、「中学校整備問題に関して」だけを審議拒否すればいいのであり、「教育厚生常任委員会」所管の付託議案全体の審議を拒否することは、それこそ納得できない。加えて言えば、所管課のメンバーはその場に待機しているのである。


今朝の福井新聞にも、このことが出ていた。


★いつもゴミの捨てられている一角がある。



パラノイヤのしわざだろう。

 09/03/17(火) ちょっと思い出したこと 


★今朝は金津幼稚園の卒園式、金津小学校の卒業式に行ってきます。


★昨晩は事務所整理にいそしみ十一時頃に自宅へ戻った。風呂に入るため、脱衣室で衣服を脱ぎ全裸の自分を鏡で見つめると、肉体から贅肉がそげ落ちている。実は昨日もふたりのひとから「牧田さん、やせたね。りりしくなったね」と言われたので、この目で確かめたのである。


肉体がやせたのと同時に身の回りの不要な諸々を捨て去ろうと決意した。仕事や私生活に関する過去の記録をシュレッダーにかけ、大きなゴミ袋にほうりこんでいくうちに脱皮をしているような気分になった。


その時、昔のある年を思い出した。
12月の中旬(翌年に地下鉄サリン事件が勃発し、阪神淡路大震災が発生した)に、ズワイ蟹10数匹の入った箱を両脇に抱えて、東京・有楽町を歩いた。
有楽町地下の某レストランに入り、テーブルに置かれた白い皿のそれぞれに一匹づつズワイ蟹を並べた。紳仕達が入ってきてそれぞれの席に座った。


私は演壇にたち「越前蟹について」というタイトルで食べ方を講義した。
「蟹は手だけで食べなければならない。箸やフォークを使うのはマナーに反する。ズワイ蟹とセイコ蟹では住む場所が違うし脱皮の回数が違う。脱皮回数が違うので大きさに違いが出てくる。蟹の生殖行為はちょっと変わっている」などなどいろんなことをしゃべって講義を終えた。


テーブルに戻ると横の紳仕から「雑学といいながら、専門的でしたですよ。蟹の専門家なんでしょ?」と唐突に言われてしまった。
「・・・建築設計業というのはこの世を忍ぶ仮の姿です。本当は小浜水産大学の準教授をしています」と答えたが、脇から冷や汗が出た。


私は半生で何回か嘘をついたが、そのうちの一回が上述のものだった。

09/03/16 (月) さあ 新しい週が始まった


★昨日一昨日は、「友あり 遠方よりきたる」の土日だった。
若い頃の思い出話にふけっていたが、その合間に村津クンの言った一言が妙に印象に残っている。


「牧田の現在の生活は血圧の高くなる生活やなあ」という一言であったが、これを正確に読み砕くことはなかなかむつかしい。誉め言葉なのか貶し言葉なのかの判断さえたやすくはない。
いつも時間に追われる生活をしているが、不器用な人間なのでものごとを適当に処理することができない。胃が痛くなることもしょっちゅうだ。そういう私の性格を一番詳しく知っているのは勿論、妻である。


所用の事務処理に懸命だった昨晩の12時過ぎにも、妻がひょっこりと事務所に現われた。「心配や、カラダが大切やよ。もう寝なさいね。」と強く言う。
どちらかというと女性が苦手な私は、妻以外の女性をよくしらない。しかし妻の情というか心理の機微というかそういうものを深く知ることが、女性の普遍性を知ることにつながる、と私は思うのである。


★明日は、「教育厚生常任委員会」が開かれる。芦原地区PTAから出された「あわら市中学校整備に関する陳情書」の取り扱いについての採決があるからか、私のところにも電話やメールでの問い合わせが相次いだ。市民が注目していると言っても過言ではないだろう。
同僚議員に電話をした。「3月24日の議会最終日までのあいだに、なにがあってもおかしくない」という言葉を聞いた。
うん、そうだろう。


09/03/15 (日) 飲んだ しゃべった 笑った


★関西方面から友人6人がやってきた。昨晩は小料理屋でじっくりと昔を語り合った。
音泉組のふたりがテーブルのそばで短かなライブをしてくれた。


数十年振りの顔合わせだったので、飲食は進んだ。



腹の皮がよじれるほど笑ったので、このところずっとあった鬱気分がどこかへ吹き飛んだ。苦しいことがあっても悲しいことがあっても笑えば幾分負荷が軽くなる。
笑うことは健康のみなもとである。これからは、適度に笑う生活をこころがけたい。


★本日は「片野鴨池」など幾つかの場所を案内した。途中、車をとめて眺めた日本海の荒波に、彼等は感動していたようだ。

09/03/14 (土) 昨日の一日


★昨日も相談を受けたのだが、近年は「ふるさとウオーク」が盛んだ。地元の名所旧跡を訪ね歩くものである。
故山口喜三太氏から郷土史のイロハを教えていただいたのが、10数年前のことである。爾来、「ふるさとウオーク」を主催する会によっては、マイクを持つことも何回かあった。
こういう催しは、旧金津町と旧芦原町が合併しあわら市になってから、より一層盛んになったような気がするが、自分の足元を見詰めるのは大変よいことだ。
遠くへの物見遊山と違って金銭がかからない。


★朝は、金津中学校の卒業式に出席した。



来賓の挨拶あるいは送辞・答辞に、「夢の実現」「信頼」といった言葉が頻々と出てくる。夭折した詩人・寺山修司は、「生きるということは可能性のひとつひとつを消しゴムで消していく行為である」とエッセーに書いていたが、そのことも含めて生徒たちの思いの土台つくりの場が学校である。
そこに大人たちのくだらない対立が反映されたのでは、子供達がかわいそうだ。


★昨日は強風が吹き荒れた。「春一番」というよりも「台風」に近い感じだった。車で街を走ると、歩道上に屋外看板などが風の影響で倒れており、その幾つかを戻しているうち腰が痛くなってしまった(・・笑・・)。


夕刻に三人の来訪者あり。しかし、私は眠たくて仕方なくゆめうつつのなかで三人の討論を聞いていた。
来訪者散会のあと、私も自宅に戻った。午前1時に目が覚めたのだが、風は完全にやみ、雨が降り続いている。アスファルト路面をたたく雨音のリズムがこきみよい。「雨音はショパンの調べ」をうたった歌手は誰だったろうか。
・・・うん、思い出した。小林麻美である。美人だったなあ。


★昨晩の深夜ラジオが、松本サリン事件でマスコミなどからあたかも実行犯のように扱われ、昨年には最愛の妻をなくした河野義行さんのことをとりあげていた。


私は、麻原被告も、オウム真理教の実行犯の人たちも、恨んでいない。恨むなどという無駄なエネルギーをつかって、限りある自分の人生を無意味にしたくないのである」という彼の言葉を、昨年末に奇跡的に生還した私は素直に信じることができるようになった。


★夜が明けても雨は降り止まない。そこで車に乗って廻った。


↓ 観音側流域。流れは激しいがまだ余裕がある。



↓ しかし土嚢を積んでいる住宅もあった。



↓ 坂口近辺の道路側溝。幅がせまいので流水が道路にあふれていた。



↓ 竹田川新富付近。宮谷川とぶつかる場所なので水量は増しているがまだ余裕がある。

09/03/13 (金) 未明に珈琲を飲みながら


★今朝見た、赤尾の白梅林。



満開である。


★昨日の午後は、税金の「確定申告書」を書いていた。毎年この時期はそのことで気分があわただしくなる。通帳を開くと、年金保険料の引き落としがなくなっていて、改めて60歳を過ぎたことを感じる。
これから何年間生きるのか、あるいはどんな生活を送るのかわからないが、いずれにしろ人生の第二ステージに立ったなあ、と思う。
夜は来訪者ひとりの応対のあと、某所での会議に出席。手話サークルとバッテイングしたので、事務所を開けたまま電気を点けたまま出ていった。
手話サークル会員のみなさん、申し訳ありませんでした。


★若い頃は体の傷はすぐ癒えるが心の傷は治りにくい。
歳をとると心の傷はすぐ癒えるが体の傷は治りにくいのだ。


上の警句は、椎名誠著・「モンパの木の下で」に出ていたものだ。自分の半生を振り返ってみても至言である。
若い頃は、いい加減という言葉が大変に嫌いで、心に好嫌の両極をはっきり持っていた。現実の生活を妥協の産物だと思うとそれだけで息苦しくなり心に傷がついてまわった。しかし肉体面ではどんな外傷を負ってもそれは数日の痛みにすぎなかった。


幾星霜で歳をとってくると、妥協の産物である日々は、生きる為の知恵であると肯定的にみなすようになり心の傷はすぐ治ってきた。だけれども、肉体面では、朝起きると首が痛かったり腰が痛かったりの連続だ。
困ったものであります

 09/03/12 (木) 時間との戦い

★昨日は、午前9時半から産業建設常任委員会(第一回)が開かれた。午後5時過ぎに終了。「疲れたなあ」と思いつつ事務所に戻った。
地区のひとが亡くなったので通夜に出るため着替えているところへ、有志議員が来訪。話が尻切れトンボになってしまったけれども、定時になったので通夜の会場へ急いだ。


通夜が終わり事務所に戻った。何件か電話をかけあるいは受けたあと、産業建設委員会で審議された議案のうちの幾つかをノートにメモした。そうしておかないと忘れてしまうのである。


★クリックカウンターをみると、Σ45万が近づいている。
以前にも、書いたことがあるが
金津町議会議員になった翌年に、ウグイス嬢だったひとの旦那から「牧田はん、議員やったら議員日記を書かなあかんよ」と言われて書きはじめた。
コンテンツ・「過去日記」を読んでもらうとわかるが、はじめのうちは議会のことばかり書いていた。
が、自分が四角四面になってしまうような気がして、日常の気がついたことをなんでも書き込むという、いわば自然体日記に姿勢を変えた。ついでにタイトルも「議員日記」から「からたち日記」に変えたら、「ふざけてはいけない」というお叱りメールを頂いて、タイトルを元に戻した(・・笑・・)。
「駄文でも毎日書こう」と決意し、入院の日々を除けば雨の日も風の日も毎日書いた。農作業であれば雨風の日の作業は大変だが、日記は屋根の下で書くのでしんどくないのである。
ともあれ、クリック45万になった日の晩は静かに焼酎を飲んでいたい。
皆さんも、各自飲み物を持っておいでください。思い出話にふけりましょう。


★今朝は、あわら市庁舎へ行った。連合の馬場会長達とともに5人で市長室へ。
馬場会長が要請書を市長に手渡したあと、昨今の労働環境の劣悪化についての意見交換の場となった。

09/03/11 (水) 本日は産業建設常任委員会

★本日は産業建設常任委員会が開かれる。付託表でわかる通り産業建設常任委員会への付託議案は沢山あり、ロングランの一日になるだろう。
いくつか気になっている議案もあり、11日と16日の産業建設常任委員会がすみ次第、議会報告に委員会の模様を書きこみます。


★このところ、鼻血がよく出る。一昨日の一般質問の日にも三回出た。自分の質問の時に出たら困るなあと思っていたんだけれども、幸いその時間帯は大丈夫だった。


幼少の頃、私は腺病質で鼻血をよく出す子供だった。
詩人・リルケは薔薇のトゲが自分の指にささりそこから流れ出した血をみてショック死したという。
詩を読むよりも小説を読むほうが好きだった私は、小学校6年の時、釣竿をつくるたためになたを持って竹林に入りなたの使い方を間違って手首に七針縫う大怪我をしたが、ショック死しなかった。


ともあれ
内臓は非常に丈夫だったけれども、鼻線が心と同じように曲がっていて、そのことで親をわずらわせたらしい。
親は確かに子育てに苦労する。傍目にはそうみえなくても、どこかで必ず苦労している。多分、親自身はそれを苦労とは思わないのだろうが、子が親に対して「育ててくれてありがとう」と思うのは、自然だろう。

09/03/10 (火) 昨日思ったこと

★昨日は一般質問。
午前9時半から始まった一般質問は午後5時ちょうどに終了し、そのあと広報編集委員会が開かれた。
広報編集委員会が終了した午後6時に事務所へ戻ると、三人のひとが来訪。
三人のなかには、注目の(と私が思った)一般質問をした議員もいた。昨日は、なんというか、エポックメーキングの日になったような気がする。


みんなが散会した午後8時に友人が来訪。これからのことをいろいろ聞かれた。
「個々の議員のしゃべりからハートの中身が伝わってこない。およそ全ての市議会議員は何をやってるんやとみんな思っている。民間だったら無茶苦茶な時代に何をやってるんやと思っている。
熟慮に熟慮を重ねるべき。そして、軸がぶれてはならない。最終的に判断するのは自分自身」と、自分でもそう思うようなことをいろいろ言われた。
某議員が地区の今年の初寄りの時に言ったといわれるアンビリーバブルな文言を友人から聞いて、「市議が住民からあきれらたりするのも無理はないなあ」と思った。


熟慮は確かに大切だ。しかしテキストのない実人生では熟慮を重ねても方向が見えてこない場合がある。その場合は GO FOR BREAK である。


★今朝は竹田川の桑原橋に立って、「桑原の堰」を眺めていた。もう10年以上前になるが、何年間かに渡って仲間たちと一緒に竹田川をカヌー下りした時のスタートラインになった場所だ。
目線が水面までおりると風景が随分と違ってくる。起点の「桑原の堰」から終点の「芦原・赤い橋」までの二時間は刺激的な時間帯だった。時は流れ、一緒にカヌー下りをした仲間たちは、より高度なテクニックと体力を必要とする登山の世界に行ってしまった。

体力に自信のない私は里山歩きの世界にいる。


★私の日々の居場所は、牧田事務所かあわら市庁舎である。そこで一ヶ所くらいは他の場所に出かけることをできるだけこころがけている。
本日は金津中学校の校長室に30分間ほどいた。インターネット・ファイリングのことを聞きに行ったんだけど、現在の校長は、私が金中のPTA会長をしていた時には、金中でPTAを担当していたし、私が金小のPTA会長をしていた時には、金小の教頭をしていた。
そういう関係だと、なんとなくリラックスの気分で校長室に行くことができますね。

09/03/09 (月) あわらの音楽グループ

★春分の日が近づいてきた。当然日の出の時刻がはやくなり、今朝も午前6時前には空が白み始めている。私は朝型人間なので日の出がどんなにはやくなろうと構わない。大歓迎である。
ところで
昨日の日曜日は猛烈に忙しかった。分刻みの一日だった。来訪客も多かった。こういう土日を昔から送ってきたし、今後も送っていくのだろう。

★音泉組
は去る3月1日に開かれた「あわら市誕生5周年記念式典」で舞台に登場した音楽グループ。毎週土曜日にセントピア芦原で演奏活動を行なっているグループのひとつ。

昨日の土曜日に出演した夕笛会からの話だが
福井テレビ い〜ざぁええDayによれば、3月9日(月)つまり本日の午後7:30から音泉組がとり上げられるとのことです。⇒(今回は、旅人の夏川純さんをあわら市にご案内。「カホン」と呼ばれるペルー発祥の打楽器を、県産材のスギで作るグループを訪問する。また、夏川さんにとって生まれて初めてとなるお座敷遊びを体験するが…!?)

 09/03/08 (日) 日曜日の朝に

★3月9日に、何人かの議員が中学校整備に関する一般質問をする。17日の教育厚生常任委員会ではPTAから提出されている中学校整備に関する陳情書の取り扱いについての審議が、3月24日の議会最終日にはその採決がある。三月市議会日程及び一般質問通告を参考に、時間と関心のあるかたは、是非とも傍聴に来てください。


★時間ができたら、小説を読む時間をたっぷりととる生活をしたいと思いながら、思いがかなわないままにここ30年が過ぎ去ってしまった。そして、これからあともこうなんだろうなあ、という漠然とした思いが自分のなかにはある。
そういう自分にとって一服の清涼剤となるできごとが、来週の土日に予定された。
私の若かった頃の仲間たちが来るのである。大挙して(と言っても8人程度だが)来るのである。
友 遠方よりきたる 又楽しからずや である。


★坂井市三国町加戸の鴨池にしばらくたたずんだ。



越冬の為、はるばるシベリア大陸から渡ってきた沢山の鴨たちが憩っている池だ。春が近くなってきて、彼ら彼女らがシベリアに帰る日も近いのだろうが、風邪をひかず鳥インフルエンザにかからず元気に日々を過ごしてほしいと思う。

 09/03/07 (土) 深夜にりんごジュースを飲みながら


★有害サイト規制法(青少年が安全で安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律案)が国会で議員立法化。出会い系サイトや児童ポルノサイトなどのフィルタリングが義務化され、サーバーやサイト管理者の責任が強化される。
青少年ではない私のメールにも一日平均200件くらいの出会い系サイトの紹介が入ってきて、大変困っている。


★例えば桑野遺跡から出た勾玉が埋蔵文化センターにあるいは溝江家から寄贈された鎧・かぶとなどが県に保管されているのではもったいない。あわら市民のなかんづく子供たちの目に触れるようにすることが、ふるさと・あわらを意識させる契機となる。


★昨年の10月10日に禁煙を始めてからざっと五ヶ月(150日)が経過した。それまでの40年間、一日に3箱吸うヘビースモーカーだった私が以来一本も吸っていないのだから不思議な気がする。
不思議といえば、現在の私は、非喫煙者でありながら嫌煙者ではない。つまり誰かが目の前でパカスカ煙草を吸っていたとしても一向に気にならない。どうぞどんどん吸ってください、という気分になる(なんせ2億円近くの市税となるのだ)。
40年間ヘビースモーカーだったもんで、心は喫煙者側から離れられないのかもしれない。


★数週間前だったと思うが、私はこの日記にステイーブ・マックイーンのことを書いた。その数日あとに若い(と思われる)女性から、「ステイーブ・マックイーンて誰ですか」という電話が入ってきた。驚いたね。
タフガイのあだ名を持ち、ソルトレイクシテイでのロケのさなかに核実験の余波で被爆死した米国映画俳優ステイーブ・マックイーンに私が似ているということは、一部で出回っている噂である。しかし、より正確に言うならば、「ステイーブ・マックイーンが私に似ている」ということである。

09/03/06 (金) もう週末か


★今朝は、午前5時半に起床。
外は雨が降っている。見上げると空は風が舞っている。ひゅうひゅうといううなりも聞こえてくる。
仏の哲学者・アランは「雨が降ったら、神様が適当なおしめりを私達に与えてくださっている、と思うべきだ。そう思えば心が快活になる」と、「幸福論」に書いているが、そう思っても心はやはり暗くなる。
紺碧の青空を見るのと雨粒が落ちてくるどんよりとした暗い空を見るのとで気分が随分と違ってくるのは、どうしようもないのじゃなかろうか。
こういう日はどこへも出ずに、カーテンを閉めきった事務所で、所用にいそしむつもりです。


と書いたけれども雨に煙る北潟湖が夜明けとともに急に見たくなって、車を走らせた。
途中の道路脇に、ビニール袋に包まれた空缶を見つけた。



拾いやすくしてあるという意味では美徳かもしれない。しかし、どのみち不法投棄だ。立派な犯罪なのである。


★所用に疲れた昨夕、私は某保育園へ行った。そこの園長の顔を見るためだ。
世話になった三人の子供たちの思い出話を軸に話は進んだ。
「私の心があったまるのはとにかく子供たちと一緒にいる時や」と言われたが、
「年寄りは国のやすらぎ、こどもは国のたから」と呼ばれる昨今なのだから、たからと一緒にいるのは楽しいはずである。


そういえば若かった頃の私の夢は学校の先生になることだった。やはり「こどもたちと一緒にいたい」と思ったからである。
でも、そのことで先輩に相談に行った時、「お前の言動と挙動には問題がある。こどもたちがかわいそうや」と言われて泣く泣く教師の道を諦めた苦い経験がある。


★昨晩は、手話サークルが開かれ何人かが集まった。テーブルの上に置かれたメダカ水槽のことを又聞かれた。



.「牧田さんは、用水溝でメダカを見つけた時、涙が出るほど嬉しかったでしょ?」と、図星のことを言われてしまった。

09/03/05 (木) 暖かい昼下がり


★今朝は意外と寒かった。事務所前の駐車場に置いてある妻や子供たちの自動車のフロントガラスが凍っていたので、熱い湯をかけてガラスを普通の状態に戻した。


と書いていて思い出したことがある。
もう、数十年前の話だけれども、某百貨店がその年の入社試験に「氷が溶けると何になりますか?」という問題を出した。
勿論、「水になる」が圧倒的に多かったのだが、少数的答えとして「春になる」があった。
そして百貨店側は「春になる」と答えたひとを優先的に採用したそうである。
「既成概念にとらわれないひとを大切に」という発想やね。



★「女の盛りなるは十四五六才、廿三四とか 三十四五にも成りぬれば 紅葉の下葉に異ならず」という今様が梁塵秘抄にある。


紅葉の下葉とは枯葉である。つまり平安末期に於いては、30代中半以降の女性は(老齢のため)既に女性とは意識されていなかったということになる。現代人の感覚からするとぎょっとする今様である。
極めて個人的な見解だが、私にとって魅力的な女性とは40代以降だ。50代60代だ。20代30代では人生経験も浅く顔や立居振舞に深みが出てこない(例外もいるが・・・)。


★今朝はあわら市庁舎にいた。「調べてほしい。聞いてきてほしい」という依頼があるので担当課に行くのだが、ほぼ日参する状態となっている。考えてみると、これは当たり前のことである。利害にからむことについては当然ノーだが、そうでないあらゆることに関してフットワークよく動かなければならない、と思う。


ところで
担当課で話をしているうちにヘロンの公式を使う必要が出てきた。そこで事務所に戻ってからインターネットで公式を検索した。
解説文によると、このこむつかしい公式は既にギリシャ時代に証明されていたという。
昔のひとは偉かったのだ。現代と比べて情報量がうんと少ない時代に、ハイレベルな自立した思想を完成させていたのである。

09/03/04 (水) 昨日の一日


★昨日の午前中は、三国町陣ケ岡で打ち合わせをしていた。時々訪れる陣ケ岡は小高い丘の上にあり、ここから望む白山連邦の山々はいつもはっとする程美しいのだが、昨日のように雨模様だとダメだ。すべてがかすんでしまう。


★午後は福井市内の病院へあるひとを見舞いに、お袋と一緒に行った。

私が退院し回復してからあとも、何人かの知人が入院し病と闘っている。
仏教でいう四苦つまり「生病老死」は誰にも訪れる。


★夕刻から、4人の来訪者が相次いだ。会議室のテーブルに置かれたメダカ水槽のことが話題となった。メダカをどこで捕獲したのかを聞かれた。
「今年に入って一番嬉しかったことは、田圃の用水溝でメダカの群れと出会ったことです。確かにメダカもどこかの市議会と同じでボスに引きつられて群れをつくってはいる。しかし、人間のように面従腹背したりはしない。泳ぎたいから無心に泳いでいる。そこにはなんの邪念もないのです。」と答えた。



★「市政関係掲示版」を読んでいると、数ヶ月前から議会で噂になっていることが書き込まれるようになってきた。議会という不可思議な場での個々の動きがなんとなくわかってきたような気がする。


中学校問題に関しては二年前のあわら市長選での橋本候補(現市長)のスローガンを現実化することが私たち2校派議員にとっての議員活動であると思ってきたし思ってきている。しかし、周知のように、市長と議会との間にねじれ現象が存在していたことで、先が不透明となる局面が何度もつくりだされてしまった。
進捗させなければならない市政は、学校問題以外にもいろいろとある。が、学校問題にいろんなことが影に日向に投影されていることも事実だ。その意味で学校問題をしっかりと見据えることは不可欠だ。


私は学校問題に関して、「市長選の時の公約をできるだけ後退させないこと」を信条としている。私の座右の銘は「シンプル イズ ザ ベスト」である。


★本日の午前7時半に、坂口地区から白山連邦を望んだ風景。



写真ではわかりにくいかもしれないが、山麓一面に白い霧がたちこめている(春だから霞と言うべきか?)。珍しい風景なので、思わずシャッターを切った。

09/03/03 (火) 昨日の一日


★昨日の議会(理事者による議案提案理由説明⇒議会報告にアップ)が午前中で終わったので、一般質問通告書を議会事務局に提出してから、事務所に帰った。


事務所での事務作業に疲れて某会社に知人女性を訪ねた。
先月、某知人男性から、「牧田はんは変わった。やせて顔の彫りが深くなった。笑いがなくなりニヒルになった。そのほうがもいい。とても真摯にみえる」と言われた。
しかし何故か女性は私の話によく笑う。
本当のニヒリストへの道はまだ遠いのだろう。


事務所に戻った夕刻に、共産党某市議が来訪。いろいろ語り合った。私は共産党シンパではないのだけれども、この市議とは波長の合うところが多い。
世間では(あるいはあわら市議会では)共産党に対する偏見がまだまだ強い。六全協以前の時代ではない。共産党は議会内政党だ。しゃべる言葉の文言あるいは書く言葉の文言それ自体を論じればいい。
「共産党だから〇〇〇」という発想は既にアナクロニズムだと思う。


★夜は坂ノ下区内を、区内某団体の会費集めに歩いた。春の気分で歩き始めたのだが夜風はとても冷たかった。手がかじかんで困った。


会費集めが終わってから自宅に戻り、早速風呂に入った。
脱衣場で濃紺パンツも脱いで全裸となった。全身写しの鏡をみると、私の体から贅肉がすっかり削げ落ちている。顔は確かに精悍になっている。とても60歳にはみえない(と、数日前、あるコンパニオンガールが私に言った)。


風呂からあがり、熱いお湯割り焼酎を一合飲んだ。体がとてもあったまり、そのまま熟睡。午前3時に起床し、事務所に入り、パソコンをたちあげ、これを書いている。

09/03/02 (月) きょうは議会初日


★昨日は、午後1時半に観光会館へ行った。「あわら市誕生5周年記念式典」が開かれた為である。トリムパークで合併記念式典を挙行してから、はや5年の歳月が流れたのだ。
あわら市民憲章、市の花・木・鳥の報告
と共に、舞台をスナップしたのでご覧ください


行政のひとから、「なんで手話サークルは地域力奨励賞に応募せんかったんやの?
副賞で¥3万もらえたのに・・・」と言われた。
答えは世阿弥にある。「秘すれば花」にある。


地域力奨励賞を受賞したある団体の代表が、「牧田さん、あわら市内各地でいろんな団体がいろんな活動をしていることがよくわかった。肝要なことは、このようないろいろの団体の横のつながりをつくることじゃないか」と私に言ったのが印象に残っている。


会場には沢山のひとがつめかけており、何人かのひとから「牧田はん、元気になってよかったなあ(男性の場合)、元気になってよかったねえ(女性の場合)。又頑張ってください。」と言われた。


★沢木耕太郎著・「危機の宰相」を殆ど読み終えた。池田勇人総理の「所得倍増」を追った彼にしては珍しい作品だが、相変わらず達者でこきみのよい文章だ。小説家にとってテーマよりももっと大事なのは文体それ自体だと思った。


★きょうは「第37回あわら市議会定例会」初日で、午前9時半に開会12時に散会となった。期間中の詳しい日程については、「三月市議会日程」をご覧ください。

 09/03/01 (日) 昨日の一日


★昨日はいろいろと動き回った一日だった。
午前中は、越前町へ。午後のしばらくを所用こなしの時間にあてたあと、
夕刻から福井市内のホテルで開かれた会合に出席。
挨拶で昨年末の個人的な体験を述べさせていただいたら、あるひとから「子供たちの前でしゃべってほしい」と言われた。


午後7時半には自宅に戻ったが、金中同級生有志による飲み会ということで、某友人宅へ足を向けた。


気のおけない仲間たちと同席すると、飲欲食欲が進む。
鍋料理がおいしかったし、出てきたお湯割り焼酎を思わずお代わりしてしまった。
冬場に鍋ものが好まれるのは体を温めるからだが、実はぐつぐつたぎる音、鍋の縁からたちあがってくる白い煙など聴覚や視覚にうったえる効果があるからでもある。
と書いてきて思い出したことがある。
最後の宮大工と呼ばれた故西岡常一棟梁の講演を聴きに行った時、氏は「建築を目で聴く耳で見る」とおっしゃった。
五感の機能を入れ替えて味わえば、思いがけない収穫を得るということだろう。


★本日の午後1時半から、「あわら市誕生5周年記念式典」が観光会館で開かれる。