2012/04/22 (日) 早朝は雨模様


昨日午前中の来訪者・Yさんから、「沖縄県産ほろどけシークワーサー」をいただいた。



沖縄県産なので期待感は大きかったのだけれども、どちらかというと甘口。

逢坂剛著「逆襲の地平線」を読了。
1876年の米合衆国西部地区が舞台の、白人侵略者達VSネイテイブアメリカンつまりコマンチ、アパッチ、スー族の死闘を描いたハードボイルドで、ジョン・ウエイン主演の映画を観ているような気分にさせられた。


それはともかく
物語の語り手・白人女性ジェニファは幼い頃の4年間、スー族に育てられたことで手話ができる。
そして、この手の話を僕は若い頃に聞いたことがある。つまりアメリカやオーストラリアのある部族は手話を母語としているということを聞いたことがある。
鉄砲などを持たず武器が弓矢だけの未開部族にとって、狩猟はチームプレイに頼らざるを得ない。獲物を四方から追い詰めていくのだが、その際、声を発することは獲物を取り逃がす原因となってしまう。ここで有力な武器となるのが手話なのである。
大平原や岩山で暮らし加えて目の毒になる読書をしない彼等彼女等は
すこぶる目がいいのである。コミュニケーションの媒体としての手話が聴力障害者だけのためのものではないことのいい例だ。




1997年10月10日読売新聞記事のダウンロードがうまくいかないという電話があったので、ここに(労力を惜しまず)ファイル化します。


6000年前の耳飾り 中国製に酷似
福井、桑野遺跡 交流3000年前にさかのぼる?


福井県立博物館は九日、同県金津町北金津の縄文時代前期(約六千年前)の桑野遺跡で出土した国内最古級のけつ状耳飾りなど石製の装飾品四点が、中国・浙江省の良渚遺跡(紀元前三千二百年ー二千二百年)から出土した玉器と材質や形が酷似していることが判明した、と発表した。これらは縄文時代前期に中国から伝わったとも考えられ、同時代後期とされていた日本と中国の交流の始まりが三千年近くさかのぼる可能性が出てきた。
(30面に関連記事)
桑野遺跡は約九千平方メートルの集落跡で、宅地造成に伴って町教委が九三年に調査。約三百平方メートルの墓地とみられる敷地から直径四.五~七センチのドーナツ形石に一部切り込みを入れたけつ状耳飾りが国内最多の六十五点見つかるなど、副葬品計八十一点が出土している。
県立博物館と同町教委が八日、來県中の中国古代遺跡研究の権威、梅福根・浙江省文物局顧問に肉眼での鑑定を依頼。白色系の石材から作られた耳飾り二点とへら状垂飾り、菅玉の計四点、同省に隣接する江蘇省宣興県産の石から作られ、良渚遺跡から出土した玉石に酷似しているとの結果を得た。この石は中国では「閃透石」と言われ、同質の石材は日本では産出が確認されていない。
梅顧問は「これまでの経験から、白っぽい色と材質が非常によく似ている。離れた日本で中国と同じような石が見つかり、非常に驚いている」と話している。