2014/02/09 (日) 友あり遠方より来たる、また楽しからずや

 昨日の昼は 生涯学習館で原発学習会〔講師・児玉一八氏〕が開かれた。



 あいにくの雪のなか、一時間半の講演に予想以上の人が来てくれた。
 受付係り〔なんせ身体不能者の私に会場整備などの肉体労働は無理〕の私の背中をトントンと叩く新聞記者や友人たちに驚いたが、特に驚いたのが大野市から来てくれたYさん。

 「友あり遠方より来たる、また楽しからずや」なのである。15年前の福井県PTA連合会役員時代に大野市代表だったYさんとは何度も酒を飲み交わし全国を旅した。一瞬顔を合せただけで往時がよみがえってくる。心がやんわりしてくるのだ。
 偶にこういうことがあるから、生きていたくもない憂世を生きているのかもしれない、と私は思った。
 

 ということで児玉氏の話の結論に戻る。〔テキストはこれ

 「福島1号機建屋内の循環する汚染冷却水に、阿武隈山系からの毎日何百トンもの地下水が流れ込み、汚染水が増え続けている。トリチウムは水そのものとなっているので蒸発させることは大気汚染につながる。海洋に流せば風評被害で福島の漁業は壊滅だ。凍土壁による汚染水の囲い込みに信頼性は持てない。
 東電にとっての急務は、阿武隈山系から流れ込む地下水のブロックについて叡智を結集することだ。しかし東電の頭脳のかなりの部分は柏崎原発再稼動というアホなことに向いている。我々貧乏科学者にできることは、地道ではあっても市民ネットワークを拡げることである。云々・・」

 夕刻に学習会を終えて「居酒屋おまき」に戻り一息ついているところへ、「原発を考えるあわら市民の会」代表二人が来訪。
 「きょうはご苦労さん」と言って熱々珈琲を出し、私自身は焼酎を飲んだ。二人は車で来たのでアルコールを飲ませることはできないのだが、しかし、この差別化がなかなか楽しい。

注 児玉氏講演のDVDが欲しい方は、中野090-3292-9029までどうぞ。


 本日の福井新聞21面に「二十歳の原点」の著者・高野悦子のことが書かれている。
 私と同じ昭和24年1月生まれの彼女は、20歳の時列車に飛び込み自ら自身の生を閉じた。
 死の直前に書かれた遺書とも云うべき静謐な詩は、ずっと私の心に残り続けている。

旅に出よう
テントとシュラフの入ったザックをしょい
ポケットには一箱の煙草と笛をもち
旅に出よう

出発の日は雨がよい
霧のようにやわらかい春の雨の日がよい
萌え出でた若芽がしっとりとぬれながら

そして富士の山にあるという
原始林の中にゆこう
ゆっくりとあせることなく

大きな杉の古木にきたら
一層暗いその根元に腰をおろして休もう

そして独占の機械工場で作られた一箱の煙草を取り出して
暗い古樹の下で一本の煙草を吸おう

近代社会の臭いのする その煙を
古木よ おまえは何と感じるか

原始林の中にあるという湖をさがそう
そしてその岸辺にたたずんで
一本の煙草を吸おう

煙をすべて吐き出して
ザックのかたわらで
静かに休もう

原始林を暗やみが包み込む頃になったら
湖に小舟をうかべよう

衣服を脱ぎすて
すべらかな肌をやみにつつみ

左手に笛をもって
湖の水面を暗やみの中に漂いながら
笛をふこう

小舟の幽かなるうつろいのさざめきの中
静かに眠ろう

そしてただ笛を深い湖底に沈ませよう