2013/12/14 (土) 唯一の忘年会


ぼくにとって今年唯一の忘年会である「ふるさと語ろう会忘年会」が某料亭で開かれ、22名が集まった。この会ができてから5年が経過したが過去最高。年々会員数が増えてきているのはまことに喜ばしい。


本年度の公式行事は
@06/23→「姫川吟社とその界隈の散策」
@07/27→「応蓮寺に伝わる鉄笛」
@09/21→「源氏、平家の落人の里」
@10/27→「北前船の里を訪ねて」
@11/15→「旧芦原町の石碑について」で


昨晩が、会の顧問・中島先生による記念講演「越前・福井藩と越後・高田藩について」だった。





福井藩主・秀康は徳川家康の次男で、高田藩主・忠輝は六男。十三人の息子達のうち、この二人だけが家康から異端者扱いされていた。理由として@秀康は正妻の侍女に産ませた子、@忠輝は異形の相であったことに拠る、とのことだった。


家康は高貴な女が大嫌いで、下々(しもじも)の女が大好きだったという講演者の説明を聞いた時、「あわら市内にもそういう男がいるなあ」とぼくは思った。


講演会のあとは、広間での大宴会。
宴たけなわとなった頃、中島先生が「カラオケを唄いたい」と言う。
カラオケ機械の操作方法を部屋係りに尋ねたが、機械もマイクも壊れていて使えないとのこと。しかし「マイクなどなくても、アカペラで構わない」と主張する先生が一同凝視のなかで唄い始めたのが、「靖国のうた」
(注 私は右翼やけど、茨城県の某市長選では共産党市長候補をマイクで応援していたよ。要は人柄や、と言っていた)。
85歳とは思えないほど、声に色艶がある。


万雷の拍手のあと、「最後は牧田会長の港町ブルースやぞ!」との声が座からいっせいに上がった。


バック演奏やバックコーラスの無いアカペラは生まれて初めての経験だ。でも一生懸命唄ったのでそれなりの評価を得た(と思う)。