2012年06月

1日ー10日  11日ー20日  21日ー31日

 
2012/06/30 (土)  


一泊二日でバスの旅に出た。


行き先は上野国及び信州。バスは志賀高原を走った。
ブナの原生林が続き、時折小沼や湿原が目に入る。とにかく山並が広大で無限だ。



宿泊は上野国。標高1800mの万座プリンスホテル。
宴会の前に部屋で普段着に着替えていた午後5時57分、気になるメールが入ってきた。
中華料理宴会で紹興酒をしこたま飲んで寝込んだぼくは午前3時に目覚め、露天混浴風呂白濁温泉に入った。


しかし男性も女性も誰も入っていなくて寂しかった。外界の気温はあわら市と比較して5℃は低い。体が冷えてどうしようもなかった。


昨晩8時にやっと帰宅。
疲れたカラダをオープンカフェで休めていたら友人Sくんが来訪。
場は6月議会定例会報告の場となった。

2012/06/28 (木) ちょっと一服


ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて


気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか


苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし


初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった


駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄


自分の感受性くらい
自分で守れ

ばかものよ     茨木のり子・「自分の感受性くらい」
を口ずさんで、元気が出てきた。


2012/06/27 (水) 本日は広報編集委員会


昨日と同様に本日も広報編集委員会が開かれます。


2012/06/26 (火) ひさしぶりの加賀


昨日の夕刻、ぼくは加賀の海辺にいた。
落ちる夕陽を眺めながら波打ち際を歩いているとひとつのカップルが目に入った。
男性の髪には白いものが混じっているものの、横顔は端正だ。
端正でありつつ瞳には憂いがうかがえる。人生の辛酸を知った男の顔だ。


ぼくもこういう男になりたいと思った。




2012/06/24 (日) チェルノブイリハート


昨晩のチェルノブイリハート上映会に参加した。
原発被害の悲惨さが胸をうつ。親にとっての宝である子供が奇形として生まれてくることの過酷は親自身が被爆することの比ではない。


映像の迫力は、どんな言葉の費やしをも上回るとぼくは思った。


2012/06/23 (土) 昨晩 


昨晩は「金津地区選出市会議員と金津地区区長会の懇談会」が開かれた。テーマの大きなものは、「金津祭りについて」。


北金津西部地区は世帯数の小さな区が多く、当番区になっても山車を出すのが困難な時代を迎えている。
「伝統ある金津祭りの灯を消してはならない活性化させて存続させなければならない。その為にどうすればいいか」が中心テーマだった。


ところで金津祭りとは一体なんだろう。
ぼくの全くの私見だが
金津神社の祭神は、神日本磐余彦尊(神武天皇)、天兒屋根命(あめのこやねのみこと春日権現)、経津主命(ふつぬしのかみ)等であり記紀にでてくる天津神である。


その神が、土蜘蛛族などの国津神を見張るあるいは退治するために年一回拝殿を出て統治下の地域を練り歩くのだ。
神の乗り物は神輿であり,山車人形はその護衛役だと思う。だからこそ、人形はいつも戦国武将で占められている。


山車一行が各々の地区に入る時、必ずその地区の区長及び理事の出迎えを必要とする。
地区のそちこちにいる(と思われる)魑魅魍魎の跋扈を防ぐための案内役が区長OR理事といったところか。


そう考えると、山車巡行は防災訓練視察のような気がしてきた。
それはともかく
昨晩は、24歳で逝った妹・トシを詠った宮沢賢治の詩を読んでいた。


「眼にて云う」
だめでせう
とまりませんな
がぶがぶ湧いているですからな
ゆふべから ねむらず血も出つづけてたもんですから
そこらは青くしんしんとして
どうも間もなく死にさうです
けれども なんといい風でせう
もう清明が近いので
あんなに青ぞらからもりあがって湧くやうに
きれいな風が来るですな
きれいな嫩芽と毛のやうな花に
秋草のやうな波をたて
焼痕のある蘭草のむしろも青いです
あなたは医学会のお帰りか何かは判りませんが
黒いフロックコートを召して
こんなに本気にいろいろ手あてもしていただければ
これで死んでもまづは文句もありません
血がでているにかかはらず
こんなにのんきで苦しくないのは
魂魄なかばからだをはなれたのですかな
ただどうも血のために
それを云へないのがひどいです
あなたの方からみたらずいぶんさんたんたるけしきでせうが
わたくしから見えるのは
やっぱりきれいな青ぞらと
すきとほった風ばかりです


2012/06/22 (金) 今朝は冷えます 


昨晩の事務所は新しい人を迎えての手話サークルの場だった。
メンバーが増えてきているので新しいソファーを買い込まなければならない。買いたしと思えどカネがない。
それはともかく
手で話をしながら思ったこと。


ひとはみななにかに苦しんでいる。だけど苦しんでいることを大切にしなければならない。
苦しみからだって、涙という宝石が生まれるのです。


2012/06/21 (木) 昨日の一日 


昨日の午前10時。
僕は連合福井地域協議会のあわら市への要望書提出に同席したあと丹南土木事務所へと車を走らせた。
遠距離でよくわからない場所へ行くにはナビを使用したほうがいい。半年前に¥1万5千エンで買ったカーナビをずっと使用していない間に操作方法を忘れてしまっていたので苦労した。


一旦事務所に戻り、お袋の買い物のための運転手役を務めたあと、今度は三国土木事務所へと車を走らせた。


車を運転している間、僕は朝食時に妻が僕に言った「団塊の世代(昭和22年~昭和24年生まれ、つまり僕らの世代)が次世代に与えた悪影響について」の言葉を冷静に反芻していた(・・よく言われるのだ)。


事務所に戻った時は既に午後5時を過ぎていた。
僕はオープンカフェに出て、スーツのポケットから取り出したポケットウイスキーを一口ぐっと飲み込んだ。喉元を通過するときの熱い刺激がたまらない。鉢植えの植物たちが微笑んでいる。
言うならば、至福の時間帯だ。